「ふ、ふふふ、いい加減世に謝して死んでくれればいいのにねぇ」
「お前が死んじまったら俺ぁ泣いて喚くぜ?」
「ぼくじゃあないよ。キミだ、このバカ鳥」
にっこりとほほ笑む顔。笑い顔はうれしいが、それ、向けられるとなんだか物悲しい気持ちになります、ものすごく。今日も今日とて花屋「あかわんこ」に入り浸ってしようのないドンキホーテ・ドフラミンゴ。
お前暇人なのかと、そろそろミホークあたりに突っ込まれそうだが、島の興業は確かに順調すぎて暇、も多少ある。
しかしまがりにも七武海でさらには大量の配下(チンピラ含まず)を抱え込んでいる身、時間などいくらあったとしても足りやしない。
が、しかし、それでもドンキーホテ・ドフラミンゴ、長い名前なので鳥野郎と言いたいが、それはそれで気の毒なので、やっぱり書くとドフラミンゴ、は、折を見ては「あかわんこ」を訪れる。
ちなみに時給600ベリーでバイトをさせられているミホークは本日20日に1日の休日である。
どんだけ過酷な労働条件強いてるんだ。
花屋の店主、パンドラ・ 。止めろと五人の老人にさんざん説得されたのに「このぼくに指図するんじゃあないよ」と堂々と、禁じられた己の名で登録しやがりました。
「俺が死ぬか?フフフ、お前が一緒に死んでくれるってんなら考えてやってもいいぜ?」
「誰が鳥風情と心中するか。人類に上がってから物を言え」
「犬とは心中できるんだろ?」
「このぼくの大事なな旦那様を犬呼ばわりとは、二度と敷居を跨がせないよ」
言うが早くバケツが向けられた。中に入った、雑巾絞った水。ちなみに絞ったのも窓を拭いたのもドフラミンゴである。手伝いをしたら話をしてやると、そういう条件。(涙ぐましすぎる)
その水がひっくり返されてドフラミンゴに掛かるか、といえば、さすがに七武海、そんな事態にはならない。ひらり、と容易く避けるが、しかし一瞬、これ避けたら二度と入れてもらえないんじゃないかとか、本当どこまでお前ヘタレなんだと思うようなことを考えた、一瞬。その一瞬がいけなかった。避けられるとは承知の我らが 、次の攻撃は避けた足場に店の商品を設置しておく。薔薇である。棘未処理の。しかも置く間際「鋭くおなりなさい」とそう命じておいた、詩の力。そんなことで発揮しないでください王国の力。
「っ、お、おいおい、殺す気かよ?フフフ……」
「この程度で死んでくれるなら、ぼく、惚れてあげてもいいよ」
能力フル活用でなんとか回避。サングラス越しに見てもはっきりとわかる、薔薇の棘の鋭さ。いや、これ、薔薇の棘とかそういうレベルじゃないよね、というほど、とんがりまくった鋭利なしろもの。一応、念のため、からかうように言ってみれば、にべもなく返される。
それでもドフラミンゴ、この少女、赤い髪の美しいひとに心底惚れこんじまっているのだから、もう、しようもないことだ。
花屋「あかわんこ」の物語
「一昨日おいでね、この海の屑どもが」
朝露に濡れた美しい純白の花が咲くような、美しい笑顔をその白い顔に浮かべて吐くその、セリフ。長いスカートがさっと翻り、繰り出された蹴りによって、店内にいた海賊二人が吹き飛んだ。
偉大なる航路、と呼べばなんだか仰々しいがまぁ、航海・交通にとっても不便な海のとある小さな島にある、小さな花屋。扱う花は薔薇オンリー、朝はやっておらず昼数時間のみの経営という、心底やる気のない花屋、その名前も「あかわんこ」と堂々とした達筆で書かれた看板の通りである。
書いたのは海軍本部の元帥だとか、そういう噂もあって何故か拝みに来る人間もいる。軽い観光スッポット。そこの店主の さん。小さな背だけれどしっかり者。長いスカートに真っ赤な髪が印象的なお嬢さん。優しげな眼差しで子供やら犬やら猫やらに好かれるひとです。
「お、覚えてやがれこのアマー!!!」
「無理だね忘れるね綺麗サッパリ忘れてしまうよ」
にこやかな笑み、さっと塩まで蒔いて、とどめとばかりに、逃げる海賊たちの背に向かって投げ付ける、火薬。そのままパチン、と指を鳴らせば断末魔。
「おーおー、ひでぇことしやがるなぁ。 」
燃えて動く海賊たちの姿を眺めながら、飄々とした足取りで近付いてくる海賊ひとり。反射的に はぴたり、と手を止めてそちらに火薬をばら撒こうとし、止めた。どうせ効果などないのだからもったいない、とそういう判断。そして空いた手を親指を立てて握り、そのまますっと親指を逆さにしてのたまった。
「帰れ」
「いきなりそれか、相変わらず容赦ねぇなぁ」
フフフフフ、と、独特の笑い方。ハデなシャツに赤い縁のサングラスをかけた男。一見はどう考えてもチンピラ風情、という格好。しかし、立ち振る舞いやらなにやらが、裏町程度で収まる器ではないと自負しているもの。才がある覇気があると、高らかに宣言しても何の問題もないような、何かがある男。
王下七武海の一角、ドンキホーテ・ドフラミンゴである。
「ミホークのいない日を見計らってくるなんて、ストーカーだね。訴えて勝つよ」
世界きっての大物を、しかし、小さな花屋の店主風情がちろりと一瞥だけして、あとはとりあわない。
「鷹の目だけじゃねぇぜ?赤犬がそう簡単にこれねぇ距離に行ってるってことも確認済みだ」
「うわ、筋金入りの変質者だ」
心を込めてはき捨てて見ても、ドフラミンゴは笑うだけである。それが には気に入らない。ふん、と目を細めて一瞥し、スカートを翻して店の中へ入った。
この町、この島、水の都に店を構えてはや数年。最初の一年目はおつるさんに口止めしてドフラミンゴもこの場所の存在を知らなかったのに、丁度去年あたりにバレた。ばらしたのはクロコダイルだというから、 、いつかあの野郎のコートに花を咲かせてやろうと思う。
「あ、店長!お、おかえりなさい」
カラン、と鳴らして入った扉。ガラス張りの店内は明るく、花に囲まれて美しいもの。丁度仕入れた花を仕分けしていた少年が顔を上げて笑顔を浮かべた。この店で雇っている従業員の一人である。
その少年、そばかすだらけの顔に浮かんだ笑顔の可愛らしいこと、と、 が微笑ましい思いをしていると、少年の目が丸くなって、一層笑顔が輝いた。
「ド、ド、ドフラミンゴさん!!あ、あの、いらっしゃい!!」
この子供、一体どういう冗談か、本当に信じられないことに、ドフラミンゴを尊敬しているらしい。 がさんざんドフラミンゴのバカ鳥っぷりを言い聞かせても「それでもドフラミンゴさんはすごいです!」と言ってきかない。将来海賊になりたいのかといえばそうでもなく、商売人を目指しているらしい。それでドフラミンゴに憧れる、というのはある意味正しいのだろうか。
「おう、チビ。相変わらずちいせぇなぁ」
「チビじゃないです!ぼくには名前があるんです!!」
怒る黒髪の少年。去年のアクアラグナでいろんなものをなくした孤児。縁はさっぱりなかったが、いろいろあって が店に置くようになった、子供である。名前はあるようだがドフラミンゴは覚えていない。毎回聞くが忘れる。 が名前を呼んでいるのを聞いたことがないので覚えない。
わしゃわしゃとドフラミンゴが少年の頭をかきまぜる、嫌だと口でいいながらも、嬉しそうに笑う少年。 が溜息を吐いて奥のテーブルに座った。おいてあった新聞を手に取る。いつも、必ず がそこに座るので少年が準備してくれているものである。
その の向かいに腰掛て、ドフラミンゴ、頬杖を付いた。相変わらずお綺麗なその顔。眺めるだけで一生を終えてやってもいいと、尊大な男は大真面目に言うのだから は腹が立つ。
「ふ、ふふ、じろじろ見るんじゃあないよ。この痴漢」
「フフフ、見るのも駄目なのかよ。別に視姦してるわけじゃねぇんだぜ?」
「帰れ」
どがっ、と、テーブルの下で足を蹴られた。それでもドフラミンゴは痛くもかゆくもない。口は悪いし態度も悪い、オマケに足癖も悪い女だが、幸運なことに非力だ。とても弱い生き物だ。本気で殴られたとしても、ドフラミンゴには猫がじゃれる程度のこともない。
「フフフフッフフ。機嫌がいいな」
普段であれば「死ね」と一蹴にされるところ、本日のお言葉は「帰れ」だった。それで機嫌がわかるというのもどうかと思うが、そう口に出せば がぴくりと眉を動かした。
そしてガタリ、と立ち上がって長いスカートを両手で軽く持ち上げる。そのまま頭でも下げれば淑女の礼に見えるが、 はさっと身を翻して、再び店の外へ行ってしまう。
「なんだァ?」
「海列車の時間なんですよ」
てっきり罵倒されるものと待っていたドフラミンゴ、あっけに取られたように呟けば、ジャヤコーヒーを入れて持ってきた少年が微笑ましそうに告げる。
「今日、店長のご友人が海列車に乗ってウォーターセブンに来るって、随分前から楽しみにしていたんですよ、店長」
だから今日は海賊たちの追い出し方にも気合が入っていて、と、それは子供が楽しそうに言うような話題でもない。
「友人?海列車ってことは、政府の人間か?」
の友人などたかが知れている。大抵は海賊で、他は海兵か政府の役人だ。政府の役人の仲で一番親しいだろう紫のパンダはこの街にトラウマがあって近付かない。気に入りの猫は現在この街で船大工をしているし、では狼か、と思いかけ、それなら邪魔するだけだと結論を出す。
「何でも、五十年くらい前からのご友人で、学者さんだそうですよ。全く、店長は冗談ばっかりですよね」
面白そうに笑う少年の声に、ドフラミンゴは眉を寄せた。五十年前からの友人、ということは完全に海賊王からの時代の人間ではない。もっと前のことになる。まだロジャーがルーキーと呼ぶにふさわしかっただろう頃ではないか。そんな昔から、 と友好の続いている人間がいたか?とドフラミンゴは首をかしげた。
■
わくわくと、 は海列車を待っていた。いろいろあって水の都に店を構えることにした理由の一つに、こうして交通機関がしっかり整っているからというのもある。
汽笛の音を聞き、海列車が停泊した。そのしばらくあとにぞろぞろと人が降りてくる。
「アーサー!アーサー・ヴァスカヴィル!」
きょときょろとあたりを見渡しながら、目当てのシルクハットの紳士をやっと発見し、 の顔が輝いた。ぱぁっと、これまでドフラミンゴたちが見たことのない笑みである。
ステップを踏んで の声に気づき軽く会釈をしたのは、仕立ての良いスーツにコート、手にはステッキさえ持っている優雅な紳士である。ゆったりとした足取りでこちらに近づき、やわらかく微笑む。
「お久しぶりです。 さん」
優しい声に、紳士的なしぐさのよく似合う、老紳士である。かつては黒く輝いていた髪も今ではすっかり銀髪になっているが、それこそが一番美しいのだと は満足そうに目を細めた。
そして行儀作法にそわぬとわかってはいるが、ぎゅっと老紳士に抱きついて「久しぶり!」と感動を伝えた。
アーサー・ヴァスカビル卿。長い歴史の中で何代にもわたり世界政府の監視者を排出してきた名門中の名門の、当主どの。
「ア、アーサー!!!ひどいじゃないか!!な、なぜわしが君の荷物まで持たなければ……」
「あ、ジョージも来たの」
「 ……!!!三十年ぶりだっていうのにその外道な性格はちっともかわっとらんのか……!!?」
へとへとと車両から大きなトランクを二つ抱えて降りてきた、中肉中背の、こちらも身なりはとても良い老紳士。ぜーはー言いながら たちに近づいてきて、どっと、うなだれた。
「だいたいなんで旅行なのに従者の一人もつけないんだ!」
「何を世迷い事を……ジョージ。 さんに会いに行くのですよ?ぞろぞろと使用人など連れて さんが迷惑したらという気づかいはないのですか」
「お前はわしへの気遣いをどうした!?」
「そんなものはありません」
私とあなたの仲じゃないですか、と堂々と行ってアーサー・ヴァスカヴィル、にこやかな笑みで に向かい合った。
「少し遅くなりましたかな。貴女をお待たせしてしまったのではないかと不安でした」
「うぅん、海列車の時間はとても正確だよ。乗り心地はどうだった?」
「とても素晴らしい。さすがは さんのご友人方のお造りになられた作品だ」
はその回答に満足そうにうなづいて、アーサーの差し出した手を取った。エスコートされ慣れているものと、エスコートすることに慣れているもの同士の言葉の要らぬ行動である。 は気分よく笑みを浮かべて、アーサーを見上げた。
「忙しいって聞いたけど、どれくらい滞在できるの?」
「一週間ほどお休みを頂戴いたしましたよ。ジョージも同じです」
「この時期に大変じゃったぞ……」
「ジョージ、紳士たるもの、己の苦労を言葉にするものではありません」
ぼそっと苦労を漏らすジョージをアーサーはたしなめて、ステッキを持ち直す。
アーサー・ヴァスカヴィルとジョージ・ペンウッドの二人はれっきとした貴族である。貴族といえば世界貴族、ばかりが有名だが各地に王家があるように、当たり前のように一般の(という言い方はおかしいが)貴族もいるのだ。 の身近な例であげればエニエスのスパンダムもグランドラインに点在する島の古い貴族である。世界政府の重鎮はたいていが400年、あるいは600年の歴史を誇る貴族の末裔らが占めているのであるが、しかし とこの二人の貴族の係り合いは、互いの出生には何の関係もない。
五十年以上昔に、まだ がロジャーやヨーキと知りあうよりももっと前に、ひょっこり出会った森の中。夏休みを利用して「糺の森」に来ていた四人の子供と魔女の五人が繰り広げた冒険。その後彼らが士官学校にあがり、そして青春、運命、家の呪縛などを乗り越えて独り立ちするまでの時間、 と彼ら少年らは生まれも育ちも超えた友情があった。
「まぁまぁジョージ、そんなふてくされないでもっとよく顔を見せてよ」
は久しぶりに会う昔の仲間に機嫌よく声を弾ませ、昔とちっとも変らぬやりとり、言動にころころと笑ってジョージを振り返った。
「わしはすっかりじぃさんじゃ。びっくりしただろう」
昔と何一つ変わらぬ、キラキラとまぶしい に一瞬気遅れしたようにジョージは顔を伏せ、そして に求められるまま、己のしわだらけの手を差し出す。その手を受け取って、 は笑う。
「ジョージくんはちっとも変ってないよ」
「どこかじゃ。もうすっかり、じぃさんになっているだろう」
「おや、相変わらず泣き虫なんだろうね?」
「少しは強くなったぞ。もう六十だ」
「でも、相変わらず金槌なんだろうね」
「少しは泳げるようになった。悪魔の能力者じゃあないんだ」
「ほら、何も変わってない」
なぜ今のやりとりでそうなるのか。これ以上ない、というほど自信満々に言われてジョージは苦笑した。本当に、 は昔と変わらない。姿かたちだけではない。昔と同じようにジョージを笑わせる。
「君は今こそが一番素敵だよ。チビで泣き虫で弱虫のジョージ・ペンウッド」
「……頼むから、その呼び方は止めてくれ」
慰められているのかからかわれているのか、 の言動はいつだってわかりにくい。それでがっくりと肩を落とせば、四人組の中でジョージの他唯一まだ生き残っているアーサー・ヴァスカヴィル「昔の調子が戻ってきましたね」とにっこり微笑んでくる。
この外道コンビも昔のままである。
「えっと、それじゃあせっかく水の都に来たんだし、ヤガラで観光はお決まりだよね。ガレーラもアイスバーグくんに声かけてあるから後で見学に行こう」
「市長のアイスバーグ氏か。手紙でいつもいろいろ書いてくれていたね。良い青年ですか?」
「青年、の年齢じゃあないけど、アーサーもきっと気に入るよ」
「 、そういえばずっと気になっていたんじゃが」
「うん?」
手紙をもらった時からずっとジョージの疑問。海列車の中でアーサーに聞いても「いろいろあるのでしょう」と全く持ってなんの参考にもならない言葉しか返されなかった疑問をここで解消しようと口に出す。
「お前に息子がいるとか、そんなバカな内容があったんじゃが。あれはどんな冗談だ」
「心の底から本気だけど」
………。
アーサーはにこにことした顔のまま、ジョージはハタリ、と時間が停止したように固まった。
からもらった手紙には「ガレーラに息子が就職しました★」とか「職長になりました!」とか「借金とりに追われてます。どうどつくべきでしょう」とかいろいろ書かれていたのだが、まさか が子供を産むことなどあり得ない。いや、本当それはないだろうと承知している二人。また の妙な電波だろうと見当をつけていたのだが。
「パウリーっていうんだよ。ぼくの自慢だ。あとで紹介するね」
にっこり笑って「えへ☆」と自慢そうに言う に、がっ、とジョージはその肩を掴んで詰め寄った。
「どこのボンクラ馬の骨がわしらの を傷モノにしやがったんじゃぁあああああああ!」
「傷モノって何!?ちょっと、アーサー、ジョージが妙な電波拾ったよ」
ぎゃああと叫んで何か必死に訴えてくるジョージ。ガクガクと肩を揺さぶられて は困惑する。それでアーサーに助けを求めると、にこにこした穏やかな紳士、辛抱強くうなづいて口を開いた。
「 さん。至急サカズキくんへ連絡をとれるかね?」
「なんで?」
「黄金電伝虫を手配してもらいたいのだよ。アクアラグナを待つまでもない」
「なんで!!!?」
普段まじめなアーサーまで何をバカなことを言いだしやがったのか。びっくり驚いて目を丸くして、 、そこでハタっと真顔になる。
それと同時に、ジョージが後ろから現れた男にはがいじめされたのは同時だった。
「な、なんじゃ!!!?」
「あ。海賊だ」
突然の出来事に混乱して慌てるジョージと、妙に落ち着いてしまった の声。
ジョージを後ろからはがいじめにして、その首に刃物を当てたのはウォーターセブンのならず者の一人だろう。おそらくはもともとは海賊だったのだが、ガレーラの料金を踏み倒そうとしてちょっと残念な結果になってしまった連中である。ドックから離れたこの場所ではそういう連中がやたら多い。
ぞろぞろっと出てきて、 たちを取り囲む。そのうちの一人がすっと前に進みえてきて、 に声をかけてきた。
「さっきは世話になったな!」
「……誰?」
「ついさっき!テメェに花屋から追い出されたやつだよ!!」
「……うん?」
自信満々に前に出てきてそう始められ が正直にわからぬと告げると顔を真っ赤にしてきた。それで丁寧に説明してくれたのだけれど、 はさっぱり記憶がない。今朝花屋に来た海賊崩れなど何件いることか。
花屋あかわんこ、ガレーラのアイスバーグの親友の店と知名度もあり、小さな少女が店主とあってガレーラに報復しようといきり立っている連中の格好の標的となる。普段は時給600ベリーの番犬ミホークが容赦なく馬鹿共を掃除しているのだが、グランドラインの半分のこのあたりだと命知らずのバカが本当に多い。 さえ人質に取ってしまえばあとは、とはかない夢(といっていいものか)をあきらめず何度もチャレンジする者もいる。その根性を別のものへ向ければどうか、という正論はするだけ無駄である。
「ま、まぁいい……とにかく!さっきから見ていれば随分とこのじじぃと親しいようじゃねぇか」
男はこほんと咳ばらいをひとつしてからなんとか立ち直り、仕切り直しとばかりにジョージの首に剣を突き立てたことをアピールしながら言い放つ。
「なるほど、ジョージを人質にして さんをどうにかしよう、というわけですね」
ふむふむ浅学がにじみ出ていますね、と穏やかに鬼畜なことを言いながらアーサーはステッキを持ち替える。 も「なるほど」と素直に頷いてから、にやにやと笑った。
それに海賊たちがいぶかしむ前に、あわれ人質の身と化していたジョージが半狂乱になって叫んだ。
「ば、馬鹿か海賊ども!!!」
「は?」
「 に人質など利くか!!わしもろとも吹き飛ばされるわ!!馬鹿もの!!」
ぎゃあぎゃあ喚く、老人。その取り乱しように海賊たちは顔を見合わせるが、しかし、まさかいくらなんでもか弱い老人、友人を見捨てはしまいと、この老人が埒もない喚きをしているのだと判断しかけたその時。
「ふふふ、ふ、ふ、ふふふ」
広場に響いた、 の声。普段店の中で聞こえるようなぁものじゃない。底知れぬ夜の海のような、重い響きを持った声。
「うん、まさにまさしくその通り。ぼく、このぼくに人質なんて意味があるとか思うのか。どうせ皆ぼくより先に死ぬじゃあないか。それがちょっとだけ早まったと、それだけだろうに。ねぇ、アーサー」
仄暗い海の底のような笑みに、声。言葉を受けてシルクハットの紳士、アーサーは珍妙な面持ちで頷いた。
「えぇ、全くその通りですね。残念だよ、ジョージ」
ちっとも残念そうじゃない声、顔、態度で言うアーサー。60年来の付き合いの友人に見放されてジョージの顔からいっそう血の気が引いた。
「アーサーぁあああ!!!お前というやつはぁああ!!!だからわしは に会いにいくのが嫌だったんじゃぁああ!!」
「 さんはこういう女性、こういう生き物です。50年前から何一つかわっていない。そこが良いのです。それこそが最高の女性じゃあありませんか。私たちは変わった。老いてしまった。運が悪かったですね、ジョージ。あぁ、残念ですよ」
敬虔な信者よろしく胸の前で手を組み目を伏せる、その老人。チーン、と、何故だか背後で金の音。仏教やらなんやら混じり混ざった感じ、この男、無宗教主義である。
「ア、アア、ア、ア、ア、アアーサー!!」
「お、お前たちなんだってんだ!!!?人質だぞ!?死ぬんだぞ!!?なんでそんなにあっさりしてるんだ!!!」
叫ぶ、叫ぶ、ジョージ・ペンウッド。それと同じくらいに叫ぶ海賊。どちらも必死の形相、その間に のデッキブラシが容赦なく海賊に向けられた。
「うるさいよ」
「だぁあああぁあああ!!!じゃから言ったろうに!!海賊ども!わしを離せ!!」
「い、嫌だ!ならいっそその前にお前を殺してやる!!」
海賊の一人がすかさずジョージの首に剣を当てると、ぶしゅっと、その男の腕が吹き飛んだ。ひょいっと、デッキブラシの軽く動いた余韻、やっぱり の微笑み。うふふ、と笑って目を細める。
「ねぇ、物騒なことを言うんじゃあないよ。きみたち、ねぇ、ジョージを殺してしまったら、ぼく、ふふふ、何をするかわからないよ」
「お前のほうが物騒じゃあぁああ!!!」
しかし今のですっかり海賊たちも脅えてしまった。今、この状況、口では人質無意味云々言っているが、それでもゼロではないらしく、ここで人質を解放した瞬間全員瞬殺されると、荒くれ者ども、これまでの経験やら何やらで悟った様子。
「ジョージ、見苦しいですよ。女性のために死ぬ、名誉なことではありませんか」
「嫌じゃぁあああ!!わしは嫌じゃぁああ!!まだまだ生きるんじゃぁああ!今度孫が生まれるんじゃぁああ!!!」
「おや、まぁお孫さん、アーサー、そうだったの?」
「えぇ、来月に。十人目の孫ですね。あぁ、ジョージ。お爺様は立派に戦って死んだと伝えるよ。嘘ですが」
「おいアンタら鬼か!!?」
「「海賊風情に謗られるいわれはない」」
ぴったり重なる二人の声。にこやかな紳士と淑女の組み合わせ。多少歳が離れすぎてはいるものの、若い頃であればそのまま夜会にでも、というような優雅さ、落ち着きっぷり。しかしジョージからしてみれば、鬼、というより悪魔二人である。
さぁて、このまま自分は海賊どもと一緒に死ぬのかと、思われた状況。こんなことならさっさと海軍を引退せずに若かりし頃の赤犬の上官だった時代を一瞬でも務めて後の の「逆らえぬ相手」になればよかったと、ジョージ心底後悔していた。今更どうなるものでもないが。思うだけなら自由である。
駆け巡る走馬灯、そういえば亡きハンスもよく とアーサーの悪ふざけの被害にあっていたっけか、ハンスは無口だから文句一つ言わなかった。でも時々、でかい図体をちぃさく丸めて部屋のスミでのの字を書いていたりしたっけか。よく二人で夕日に「いつか絶対、noと言える男になろうな」と誓い合ったものだ。懐かしいと、老人の最後の夢、に、思えたが。
そこに聞こえた、侮蔑を孕んだ、傲慢な声。
「フフフフフ、騒ぎがあると駆けつけてみりゃ、随分と楽しそうじゃあねぇか。フッフフフフ」
デッキブラシを構えた が、それはもういやそうな顔をした。
Fin
・えー、パン子さんでやっていたんですが、ドフラが相手の話なのでどうも…似合わないので少女ヒロインになりました。