「っつーわけで、こいつも今日からおれたちの仲間だ!」
「今日からこの船にお世話になります。よろしくね」

にこにこと笑顔満点、デッキブラシを抱えつつぺこりとかわいらしくお辞儀をした少女。どう見ても12,3程度というところの、幼い顔。小さな背、元気よくそう挨拶されて、麦わら海賊団、ルフィ以外は顔を引きつらせた。

例の島でいろいろあって、すったもんだ、大火災の末にやっと解決(?)した事件。とりあえずルフィ・ナミ・ウソップ・ゾロの四名は仲間も無事だったことだし、と、海軍の船がこちらに近づく前にすたこらさっさと船を後にした。

それで、何とか暫く進んで、落ち着いたところ。ごろごろと鼻をほじっていた我らが船長、モンキー・D・ルフィ、麦わら帽子をかぶった少年、「あ、そういえば」と唐突に手を叩いて、ごそごそ懐から取り出した笛をピィイイと吹いた。突然なんだと一同が眺めていると、スタン、トン、と、これまた音で表現して申し訳ないが、ともかくそういう音、立てて、デッキブラシにまたがった少女が一人降りてきた。

ゾロ、ウソップ、ナミ、それぞれ忘れるはずもない少女。先の島で何やらもめごとの中心にいたらしい、不思議な少女。デッキブラシで空を飛び、何か不思議な力を使う。といって、悪魔の実の能力者ではないというから輪をかけて奇妙な少女だった。

てっきりあの屋敷が燃え落ちた時、海兵に保護されたとばかり思っていたのだが。

「あ、あ、アンタ……何考えてんの!!!?」

硬直する仲間の中、いち早く復活したのはナミだった。がこがことルフィを揺さぶる。一応、彼、この船の船長なのだが、この海賊団一味にそういう敬意はないらしい。

「こんな小さな子を海賊にするなんて!!!!」
「いいじゃねぇかよ、が一緒に来たいって選んだんだしよぉ」

思いっきり揺さぶられていささか頭がぐらっとくるのか、ルフィ、ややろれつ回らずに、しかしはっきり断言する。それにナミはため息をひとつ吐いて、今度は件の少女、の説得を試みた。

「アンタ、本ッ当にわかって乗船したいって言ったの?いい、こいつらは海賊なのよ。カイゾク、海の犯罪者なの。百害あって一利なし、人のものを奪ってそれを当然とするような輩なのよ!あんたはまだ小さいんだから今のうちにまっとうな人生を選びなさいよ」

まっすぐ真剣、何やら実感こもったような声。少女、はにへら、と笑うしかない。まぁ、海賊が海の犯罪者、屑だなんだというのは別に反論しないが、そういうこのミカン頭の少女とて海賊ではないのかとそういう疑問があるのだが、それを口に出したらなんだかおっかないような、そんなのが本能的に悟られる。この自分にある種のものとはいえおっかなさを覚えさせるなんてすごいなぁ、とどこかぼんやり思いつつ、はうん、と首をかしげた。

「ぼくはルフィくんの船に乗りたいって思ったんだ。それに、ルフィくんがW7まで送ってくれるっていうから、一緒に行こうと思って」
「ウォーターセブン?聞いたことないけど、それ、どのあたり?」
「水の都、ウォーターセブンはグランドラインにある造船島だよ。ルフィくんたち、グランドラインを目指す海賊なんでしょう?」

あどけない目で問うと、ナミの顔がひきつった。この海の範囲の島に送り届けるだけならば海軍やら気軽な航海で事足りる。だがグランドラインということになれば、入ることすら難しい海。それならいくら危ういと言っても海賊船、この大海賊時代という流れに乗る道理を持った連中に同行した方が幾分かマシ、ということ。ナミとて当初はルフィたちと手を組んでグランドラインの大物を狙おうとしていたほど。航海術には自信があるが、しかし船の強度やらグランドラインにひしめく化け物たちをどうにかできる強さがなければすぐに死んでしまうというもの。

「アンタ、グランドラインの出身なの?」
「そうだよ」
「……まぁ、故郷は大切よね」

いろいろ思うことがあるのか、ナミのため息ひとつ。それで、ふわりと、の頭を撫でた。ナミはあの牢屋でと出会い、それなりに話もした。自分と同じように、も本位ではない刺青をその肌に刻まれたことから若干のシンパシーにも似たようなものを感じている。

できる限り、この子が幸せになればいいとそう思った。まぁ、ルフィたちは海賊ではあっても、少し他の連中とは違うようだから、が一緒にいても平気かもしれない。

「あんた、小さいんだから、海賊になんてならないでいいのよ。こいつらに目的地まで送ってもらうって気持ちでいればいいのよ」
「やるんだったら徹底的にだよ。それにルフィくんたち、面白いし」

その手をうれしそうに眺めてはパン、と手を叩く。それでふわりと花のにおい。そしてふわりふわりと白い花がナミの前に一束落ちてきた、ミカンの花だとナミはすぐに気付いて目を開く。

「あんたこれ、どうやって出したの?」
「タネも仕掛けもありません。ちょっとばかりの悪意はあるけどね」
「あ、悪意?」

物騒な言葉。それでもミカンの花は邪険に出来ぬナミ、眉を寄せて問うとが小さく笑った。

「ふ、ふふふ、まぁそれは言葉のアヤってことで」

そしてそのままトン、と、甲板に続く手すりの上に立って、、一応ナミとの成り行きを見守っていた男衆をぐるりと見下ろす。

「と、いうことで、ぼくは、得意なことはデッキブラシで空を飛ぶこと。カナヅチだけど能力者じゃありません。グランドライン、水の都までよろしくね」

明るく言う、暖色の髪の小さな子供。「おう!よろしくな!」とルフィの大きな声に、ウソップの「ま、しかたねぇな」と呟いた後の歓迎を示す笑顔、ゾロのため息と反応はそれぞれだったが、それはそれ、はニコリ、と笑った。






「へぇ、それでウソップくんの友達がこの船くれたんだ」

うららかな天気、燦々降り注ぐ太陽の下、ぐるりとデッキブラシにまたがって揺れながらウソップの後をひょこひょこ付いていっていた、一通りの説明を受けて感心したようにうなづいた。

小さいとはいえ、船に乗る以上はクルーの一人。船の操縦の仕方を覚えなければならないと、説明を買って出たのがウソップだった。ナミは航海日誌をつけている最中、ゾロは昼寝、ルフィはといえば、風もないので釣りをしているらしい。

「おう。おれ様がカヤたちを守ったんだ。迫りくる敵はざっと200人…しかしおれは村のためにひるまなかった!!そしてなんとか死闘の末にやつを打倒し、って、言ってもまぁ、本当は全部ルフィやゾロたちがやってくれたんだけどな」

こんな小さな子供に見栄を張ってどうなるものでもないだろうと、ふと思い、ぽりぽり頬を描いてそういえばがにへら、と笑った。

「うん、それはわかる。ウソップくんよわっちぃもんねぇ」
「んだとこらぁ!!!」

ぎゃいぎゃいいながら、怒っているのかふざけているのかわからぬウソップ、はけらけら笑ってひょいっとデッキブラシから降りる。真赤な靴が板にコツンと当たった。

「うん、良い船だね。かわいいし、それに、良い船だ」
「だろ?カヤがこんな船持ってるなんて知らなかったけどよ。こっからおれの冒険は始まるんだ。メリーと一緒に、どこまでもな」

ウソップはゴーイングメリー号の船体を大切そうに撫でながらつぶやく。確かに、ルフィたちはウソップと会うより前から海賊だったが、自分が海賊になったのは、海に出たのは、このメリー号とともに、だ。だから、自分の始まりも、そして終わりも、この船と一緒にありたいとそう思う。

その心持、暫く沈黙していると、それを不思議に思ったのかキョトン、とが顔を幼くして見上げてきた。

「あれ?でもこの船、海賊旗ないよ?」

へ?と、そうして見て見れば、確かにこの船、そういうものがない。








「できたぞ〜!!海賊旗!!わっはははは!ちゃーんと考えてあったんだ!おれたちのマーク!」

と、いうことでそういえば「うちの船に海賊旗なくね?」とそういう初歩にやっと気づいた麦わら海賊団。揃いも揃って失念していたなんてお前ら天然かと、ぼんやりは突っ込み入れて、それで目の前で始まった、船長直々のお絵かき、じゃなかった、海賊旗作成タイム。

でーん、と黒地に描かれたマーク。自慢げに広げて見せたルフィに、は素直に顔を引きつらせた。

「……ぼ、ぼく、これはちょっとヤだなぁ」
「コイツには…つまり絵心ってもんがねぇんだな……」

並んだとウソップの素直な感想。、別にW7までなのだからどんな旗だろうと構わないとそういう気やすさがあったのだけれど、さすがになんというか、このマークは嫌だなぁ、と珍しく拒絶反応がわき起こる。

なんというか、マーク?

かろうじて麦わら帽子、骨、骸骨、というのはわかる。しかし赤ん坊だってもうひょっとはマシに書くんじゃないかと、自分の赤ん坊のころの記憶はないだが、もしこんな旗印で航海してグランドラインに突入、手配書も無事にできて麦わら海賊団が有名になり、いろんな不幸な事故でサカズキにここにいることがバレてしまった時、この旗を見られるのはちょっと、恥ずかしかった。

「うーん…待って、これってもしかして芸術なんじゃないかしら?」

首をひねって、何とか前向きにとらえようとするナミ。しかしどう考えても、どう見ても、芸術じゃあないだろう。これが芸術なら、はっきり言って芸術、なんて火にくべて燃やしてしまいたくなる。

「海賊旗は“死の象徴”のハズだろ…いいのか?こんなんで…いや、まぁ、ある意味恐怖だけどよ……」

あんまりこういったことに興味を示さなさそうなゾロさえ難色を示す。しかし仲間の微妙な反応でへこたれるようなルフィではない。旗をでかでか掲げて自分も眺め、満足そうに歯を出して笑う。

「うん、いいな、これ!」
「どこがだ!!もういい、お前はヘタクソだルフィ、おれが描く!」
「え、ウソップくん絵描けるの?」

ごそごそ黒の布を取り出してペンキを手に持ったウソップ、長い鼻を得意そうに逸らす。

「ふふっふふ、昔から人ン家の壁に落書きしたからな。結構芸術に長けてるんだぜ、おれ」
「ペンキと布がもったいないから違うマーク描いたら後ろからド突くからね」
「……」

なんだか自慢そうにして筆を走らせるその頭にのにこにことした突っ込み。ぴくりと一度手を止めて、ウソップ、たらり頬を流れる汗。そういえばのデッキブラシの一撃で岩が砕けたのを目撃したのは彼だけである。

ウソップは何事もなかったようにハケをにぎり直し、さらさらと沈黙して描いていく。その様子をとナミは面白そうに眺め、やがて形になっていくと、そろって感心した声を上げた。

「うん、上手い!」
「ウソップくん上手ー!」

おぉおー、と女子二人の素直な拍手。ふふん、と気を良くしてウソップは旗を掲げた。

「まぁおれ様の手にかかりゃこんなの簡単よ〜」
「へぇー、同じマークとは思えねぇな」

しゃがみ込んでウソップ画の旗を眺めながらゾロも感心する。いやぁ人には必ずとりえがあるものだ、なんてひどいことを考えるクルーはここにはいない。

ルフィが帆を指さしながら叫んだ。

「なぁ、あれ、帆にも描こうぜ!海賊船にすんだ!!」

確かに海賊旗だけではなくて帆にもなければしまらない、ようし、とウソップが勢い込んで上を見上げ、顔を引きつらせた。

「いや、普通にデカくねぇか?」

海賊旗くらいの大きさならバランスなどもうまく描くことはできるが、帆である。普通は造船所で、帆の形にする前に縫い合わせる布に部分的に描きつなぎ合わせて完成させるのだ。ただのペンキで書いてもそれは普通に、雨で落ちる。

というか、帆を掲げた状態で描けるわけがない。普通にペンキが滴る。

「え〜、無理なのかよ。海賊船だぞ?」

まぁ、帆にもマークを掲げてこそ、ではある。

「あ、おんなじマークでいいならぼくやるよ」

そこでハイと手を上げたのはだ。

「ちょっと待った!あんたまた、あの不思議な力を使う気?」
「うん、そのつもりだよ?」
「出血しないでしょうね」

じぃっとを見つめて真剣に問うナミ。が力を使って怪我をしたのを目の当たりにしてきたナミはの力=ただ便利な魔法っぽいもの、という認識ではない。何か、代償のあるものだというのを理解してきているようだ。しかし、今回のことに限っては無問題である。はにこり、と安心させるように笑って、腕を振った。ひょいっと、デッキブラシが現れる。

「マークの複写程度なら今のぼくの範囲でできるからね。へいきだよ」

そう言って、ナミの了承も得ずにそのままデッキブラシをウソップの描いた海賊旗に向け、マークがカチカチと光る。そのままブィィイン、と何かの揺れる音がして、マークが二重に浮いた。その浮いた方をが器用にブラシで掬いあげ、帆に向けて飛ばす。帆の方向へ飛びながらしだいにマークは大きさを増して、ぺたり、と貼りついた。

「ぉおお!!!すっげぇ!!おまえ魔法使いか!!?」

目を輝かせての方を見るルフィ、素直にほめられては少し照れた。

「こ、このくらいだったら結構簡単にできる。ウソップくんのマークがとてもきれいだったから形も崩れずに済んだし…」

ぼそぼそっと、後半が小声になって顔が真っ赤になった。あまりこういう素直な賛辞には慣れていない。すっげぇすげぇと続けるウソップとルフィから隠れるようにナミの後ろに回る。

猫の子が何かのような反応にナミがころころ笑って、その頭を撫でた。

「でもありがとう、。助かったわ。あれペンキ?」
「う、うぅん、違うよ。滲んだりしたら格好悪いから、ちょっと違う塗料にしたの。海賊旗の方は塗料は変えられないけど、上からコーティングしたから大丈夫だよ」
「へぇ、あんたすごいのね!見直しちゃった」

よしよし、と頭を撫でると、が今度こそ耳まで真っ赤になった。ぼっ、と発熱しそうな勢いに、ルフィたちも笑う。

「まぁ何はともあれ!これで海賊船ゴーイングメリー号の完成だな!!」

(海賊船の、誕生)

はじっと、帆を見上げた。

大きな船ではない。これまでが乗ってきたどの船よりも小さくて、新しいにおいのする船。ガレーラに滞在している時にたくさんの船を見てきたが、この船は、その見てきた船のどれとも違う。

ぎゅっと、は胸を押えた。

(ドキドキ、してるの?)

この船に乗った目的を忘れたわけではない。
センゴクが、あの元帥どのが何か企んでいるから、それが何なのかわかるまで、自分は本部には戻れない。あまり長く留守には出来なくて、おそらく半年程度が限度だろうとも分かっている。だから、ルフィたちがグランドラインに行くのなら、必ずログをたどり、水の都、あるいはそこから海列車で行ける場所には寄るだろう。ガレーラに行けばそこからまた暫くは逃げきれる。

そう、思って。自分の命を半分かけているような、中々ギリギリの最中だというのに、今、自分はこの海賊団にいて、ドキドキしているのだ。こんな心、持つのはどれくらいぶりだろう。

「ほら、あんたこっちに来なさい」

ぼうっとしているの腕をナミが引く。

「うん?」
「アンタ、あの島のまんまでしょう。一回ちゃんと手当もしたほうがいいし、それにお風呂くらい入んなさいよ」

そういえばあちこち血の付いた服のままである。は「ぉお」と声を上げて、ひょこひょことナミの後について行った。その姿を眺めながら、ぼそりとゾロがつぶやく。

「何か、ナミに懐いてねぇか?あのガキ」

ゾロが見たときには魔女か何かかとしか思えなかった奇妙な生き物のが、今ナミの前は年相応の幼い子供のような顔をしている。

「まぁ、ナミのこと姉か何かみてぇに思ってるんじゃないのか?ずっと一人だったっぽいしな。結局探してたってやつとは会えなかったみてぇだし」

ペンキや道具を片づけながらウソップは笑う。牢屋で会ったときには恐ろしい生き物だと思ったけれど、こうやって明るい太陽の下で見れば、やはり子供なのだろう。









バシャーと上からお湯を掛けられては「きゃー」と眼を閉じた。素っ裸にひんむかれたのは女同士だからいいとしても、こう、容赦なくお湯をかけられるとは思わなかったらしい。

「ナ、ナミ、いきなりはひどいよー!」
「ハイハイ、さっさと洗っちゃうんだからおとなしくしてて」
「じ、自分でできるよ!?」

バスタブに落とされてそのまま上からお湯をかけられる。ジャバジャバと洗われては困った。海軍本部にいるとき、たいてい風呂はサカズキと入るが、これでも、自分のこともあんまりできないようなところはあるが、風呂くらい入れる。

「あんた怪我してんでしょ。無理しないの。こういうときは素直に甘えなさい」
「え、え、えーでも…っ、痛い!」

髪を洗うナミの手がの首筋に触れた。まだ血の止まらぬ薔薇の刺青だ。一応、量が少なくなるようにと薬は張ったのだけれど、やはり薔薇の刻印から出る血を止めるには直接サカズキに塞いでもらわなければならないだろう。

「あ、ごめん。大丈夫……?この刺青…まだ血が出てるのね…」
「う、うん。でもこれは仕方ないから。ねぇ、ナミは入らないの?」

あまり深く聞かれると困るので話題を変えようと声を明るくして問えば、ナミの顔が一瞬雲った。

「私は、あとででいいわ!それにこのバスタブ、いくらあんたが小さくて私がスレンダーでも、ちょっと二人は狭いもの」

言うが早く、が反論せぬようにとまたバシャリと上からお湯をかけた。再度「キャー」との叫び声。ナミはおかしそうに笑った。その笑顔、ほんの少し、陰っているのには気づいたが、何も言わずにいた。自分だって、薔薇の刺青のことを聞かれたら困る。とても困る。ナミが困る顔はあんまり見たくないと思い、はぎゅっとお湯の中の手を握りしめた。








「すっきりー」

ほこほこと湯気を立てながらはバスルームから出た。新しい服はナミが貸してくれると言ったが、も換えの服はちゃんと持っている。ひょいっとデッキブラシを振って(バスルームで突然出したのでナミに怒られた)新しい服を出して着た。

「可愛いわね、そのワンピース」
「ありがとう。気に入ってるんだ」

真っ赤なワンピースをひらひらひるがえしてトン、と機嫌よく甲板を歩く。と、そこにドォン、という爆音と、振動。

「う、ぉ、あ、あ、あ、あ、あ」

見事にバランスを崩した、危ない、とナミが受け止めるより先に、近くにいたゾロがを抱き起こした。

「ふらふらしてるからだ」
「あ、ありがとう。ゾロくん」

ひょいっとゾロは軽々とを抱き上げて、階段の上に座らせると、振動の元らしいルフィたちの方へ叫んだ。

「お前いったい何してんだ突然!!!」
「大砲の練習。せっかくついてんだし」

ルフィはあっけらかん、と答える。ちなみに大砲、ただ撃っただけでこんなに振動はない。さすがはルフィ、ありえないことをするとは素直に感心した。

「でも全然うまくとばねぇんだよ。難しいな、これ」
「おれに貸してみろよ、ルフィ」

うーん、と己が狙ったはずの岩を眺めながら首を傾げるルフィ。その隣にいるウソップがぽんぽんとその肩を叩いた。

「まぁ、今の飛距離から言ってこのくらいかな?」

ぎこぎことなれた手つきで大砲の高さを変えていく。単純、ではあるが基本的な大砲の打ち方は飛距離を定めて発射口の角度を変えればいいのである。眺めながら、目算で行けるものなのかと首をかしげた。普通は、慣れないうちは分度器のようなものを使って図って使用するものだ。

だが次の瞬間、ドン、という、今度は小気味の良い音がして、狙った岩にきれいに当たった。

「おぉおー、すげー、一発で当たった!!」
「ぅおお!!当たった!一発で!!」

感動したのはルフィだけではなく、当のご本人も慌てた様子。それがなんだかにはおかしくてころころと声を上げて笑っているとナミに手を引かれた。

「ほら、あんたはまだ髪の毛乾いてないんだから中に入ってなさい」
「えー、でもぼくも大砲撃ちたい」
「何バカなこと言ってんの。そういうのは男どもにやらせればいいの。ほら、入って」

ぶぅっとが頬を膨らませてもナミは「なぁに」とおかしそうに笑うだけ。その目が、どこか遠くを見ているよう、ふとは、ナミが自分に優しくしてくれているのは、なるほど、失われた己の少女時代への憐憫からかとそう、気づいた。

まだナミという少女の詳細を承知したではないけれど、しかし、きっと何か、に絡め取られているのだろう。本人の口から聞いた「一億ベリー貯めてある村を買う」とその誓い。昨日今日かけられたものではないことはその言葉に含まれた感情から容易くわかった。ということは、ナミという少女には、きっとまともな少女時代がなかったに違いない。

人間と言うのは奇妙なもの。とくに、少女という生き物はまた「人間」とは少し違う生き物だと常々は思っていた。少女時代にどう繭を吐き蛹になって、その中でどんな夢を見るかで、蝶になるか蛾になるかカマキリになるかとそれぞれ。いや、蝶が最も良いわけでもなく、それすらも、奇妙で面白いもの。しかし、その少女時代をゆがめられれば、どうやら人間は、いや、女になるはずだった生き物は、妙なものになるらしい。

それは化け物への第一歩か、どうか、それはの知るところではないのだけれど、しかし今、ナミという一つの少女というには年の過ぎた、しかしまだ女性、ではない生き物を見て、は感じる。

ナミの少女時代(まだいとけなく母親に縋りつけていただろう時代)は何者かに奪われ、そして子供であり続けることを否定された、のだろう。だから、その失われた時を、をこうして可愛がり、甘やかすことで取り戻そうとしているのだろう。そうすれば、化け物にならずには済む。少女時代を、をそうと重ねることにより、紛らわせようとしているのではないか。

(まぁ、それは別にいいんだけど)

なぜ己なのか、というのはには考えるまでもない。は永遠少女。すべての少女の象徴である、とも言えるのだ。だから、ナミのその行動は不思議でもなんでもない。そして、それを承知ではナミを放っておくのだろうとも、わかった。人がまがごとを繰り返すのを平気で黙っている。これが魔女の悪意というものかと、そういうことはぼんやり思った。

「おい、チビ、はいらねぇのか?」

扉の前で立ち止まったの背を、ゾロが押す。どうやらゾロも大砲の音を間近で聞きながらの昼寝は嫌なよう。

「あ、うぅん、入る」
「ちょっとゾロ!その呼び方やめてよね、ってちゃんと名前があるんだから!」

とてとて、とキッチンに入ってがイスに座ろうとすると、ナミがゾロに怒鳴る。いや、別には何と呼ばれても構わないのだが、とやや驚く。だいたい、というのもただの仇名であって本当の名前ではないわけだし。

「本人が何も文句いわねぇんだからいいだろ別に」
「よくない!」
「まぁまぁ、ナミもゾロくんも仲良く。ぼく、お茶入れるからさ」

椅子に座りかけていた腰を浮かせて、はキッチンに立つ。あまりこういう機会はないのだが、、お茶を入れるのはうまいと定評いただいている。しかし本部にいる時にお茶を入れるのは二人しかいないが。

ひょいっと指を振ってティセットを出すと、お湯を沸かしてこほこほと準備をする。出来ればきちんと蒸らす時間も欲しかったのだが、その間の沈黙をどうこうするスキルはあいにくない。

「はい、ふつうのアールグレイにしてみました」
「うわ、いい香り。これ葉っぱとか魔法で出したの?」
「道具の出し入れは手品だよ」
「ま、なんでもいいけど」

うん、おいしい、と一口飲んで素直なナミの感想。はふわりと笑った。喜んでもらえると普通にうれしいものである。にこにこと自分もお茶を飲んでいると、ゾロが出された紅茶を一瞥してから、壁に背をつけた。

「ゾロくん紅茶嫌い?」
「んな怪しいモン口にできっかよ」
「ゾロ!!!」

ナミの怒声など知らぬ顔で、ゾロは壁に背をつけてそのまましゃがみ込むと目を閉じる。この程度で怒るではない、ふぅとため息を吐いてティカップを傾ける。

「おいしいのにねぇ」
「全く、失礼な男。、気にしないで、あいつバカなのよ、バカ」

ガタンとナミは椅子に座り「おいしいわ、本当に」と紅茶をほめてくれる。はにこりと笑ってから、何か思いついたのか、ゾロに入れた紅茶を手にとって、椅子から降りるとひょいっと腕を振り、片手に香りの立つケーキを取り出した。
先ほどナミにちらっと話してみたが、道具の出し入れに関しては魔法の類ではなくて、これはれっきとした科学である。出来たての状態のケーキをストックしてうんたらかんたらと、まぁ、タネと仕掛けのある所業。説明は面倒くさいが、ただ時間を感じない状態にして目に見えぬ、存在せぬようにしているだけである。
その存在する確率を変化させただけだから、怪しいものでもなんでもない。

その、おいしそうなケーキと紅茶をゾロの目の前に置いて、パタパタとはゾロに向けて仰いだ。

「……何してやがる、チビ」
「いやがらせ」
「……」

思いっきり、においを堪能できる距離。しゃがみ込んでにおいをパタパタ送る。いやがらせ、とはっきり言った様子に、ゾロの顔がひきつった。しかし、最初にケンカを売ったのはゾロである。ここで怒るのは、普通に大人げないとか、そんないろんな葛藤がされているのをは目の前でじっくりながめさせてもらった。

その気になれば外道と名高いドフラミンゴを本気で泣かせることだって朝飯前。外道かドSかと言われれば、両方合わさっているのがである。





「まぁ、ウソップさ、狙撃手に決まりだな!」

大砲の練習は気がすんだらしい。キッチンにやってきたウソップとルフィにも紅茶を振るまってふんふん、とは話を聞く。

確かに先ほどの腕前と目測の能力を見る限り、一番相応しいだろうポジションだ。狙撃の腕前が良い人間がいるのといないのとでは海賊船、というか、船は随分と変わる。まず、敵船が近付いてきて船での戦闘になる前に大砲で相手の船に大打撃を負わせることができれば戦う前から勝ったも同然。そして逃げ切るときも水柱を立ててかく乱させることもできるのだ。狙いが正確であればあるほど、確立も高い。

「考えたんだけどな、グランドラインに入る前にもう一つ必要なポジションがあるんだ」

ふんふん、と、ここでやけに真剣な顔をするルフィ、もうなづいた。別にはいなくても困らない、といえば困らないのだが、普通に、航海するには必要不可欠な人間だ。見ればこの船には随分と立派なキッチンもある。

「ナミは得意?」
「そうね、有料ならやってもいいわよ」
「お金取るの!!?」

え、仲間なのに!?と少しショックを受ける。自分がやる、という選択肢はない。

「まぁ、長旅には不可欠な要因だな」

壁際に座ったままのゾロ(ちなみに紅茶はそのままだがケーキはルフィが食べた)も会話に参加。

「そう思うだろ?やっぱ、海賊船には音楽家だよな!」

ゾロの賛同を受けてルフィが得意そうな顔をし、のたまったと思えばそんなこと。ずるっと、は椅子から落ちそうになった。違う、絶対違う。

「アホかてめぇ!!」
「珍しくいいこと言ったと思ったらそうきたか!!」
「あんた航海をなんだと思ってんの!!?」

口々に責められ、ルフィもさすがにたじろぐ。だが、海賊といえば歌うから当然皆で、などと、良くわからないことを言う。は、顔がひきつった。シャンクスの麦わら帽子を持つ子供、シャンクスに小さいころに助けられて海賊になると決意をしたらしいのだが…。

(シャンクス……!!!最低限の常識くらい教えなよね……!!!)

はヤシの木を堂々と船に積んだ海賊船の船長に心の中で罵った。あの、日常ではお気楽極楽能天気な男、だからバギーと相性悪かったんだよねぇ、などと懐かしむ一瞬。

「出て来いッ!!海賊どもっ!てめぇら全員ブッ殺してやる!!!!」

外、甲板の方から人の怒声がよく響いた。



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