どうやら殴り込みらしい。それには船長のルフィが応対。飛び出して行った姿をぼんやり眺めていただったけれど、ガッシャーンと壊される船を見て、「あー、あー、あ」と眉を寄せた。
こんなにいい船に破壊行為なんて、あとで沈めてやろうかコラ、と物騒な心。ひょいっと窓から顔を出しているとナミがその頭を引っ込めさせた。
「危ないでしょ、」
「えー」
見たいのに、と声を出すと、ゾロがひょいっとの首根っこを掴んだ。
「怪我する前に引っ込んでろ。――相手何人だ?」
「うん、一人、かな?」
たぶんね、と付け足しておく。をどけてナミとウソップが眺めていた。それをゾロはため息ひとつでかたずけて、をひょこん、と自分の隣に座らせる。
「ならあいつに任せとけ」
信頼しているのかずぼらなのかすぐにには判断つかぬ。うん?ととりあえずは頷いて、外から聞こえる音に耳を欹てた。ドッガン、ガシャン、あれこれ壊れる音。
「あとでシバいていい?」
「止めとけ」
ふわりとゾロの欠伸。だが外からの音が止んだので、一応状況把握は必要だと立ち上がる。とてとてとのその後を付いていこうとすると、ナミにくるり、と反対を向けさせられた。
「はいはい、あんたはここで私と待機ね」
「えー!!」
不満の声を上げるを放って、ナミは窓から様子を眺める。ゾロとウソップがルフィのもとへ合流して、何やら、ゾロの知人らしいことはわかった。
ならがいっても安全かと思っていると、ひょいっと、ナミをすり抜けてがすたすた行ってしまった。
「ちょ、ちょっと、!!」
「平気だよ、ナミも行こうよ」
楽しそうなので、これはもう止められない、ナミはため息をひとつ吐いてゾロたちの方へ行った。
「病気って、誰が?」
とんとん、と階段を下りたが会話に参加する。ゾロたちに囲まれて座っているのが襲撃者、そして一人だと思っていたのだが、もう一人いたらしい。その人物は甲板の上に仰向けになって、蒼白だ。
「数日前までピンピンしてたってのに、突然青ざめて気絶を繰り返して…原因は全くわからねぇ。しまいにゃ歯まで抜け落ちて、古傷から血があふれるわで…もうおれァどうしていいもんかわからねぇもんで、ひとまず岩山で安静を保っていたところで」
「この船から砲弾がきたんだね」
うーん、とは先ほどウソップの狙撃した岩山を思い出す。なるほど、あの影に人がいたのか。まぁ、木端微塵にならなくてよかったんじゃないかと思うが、さすがにそれを口には出さない。
しかし直接の原因のウソップとルフィはそろって顔を青ざめさせた。
「「ご、ごめんなさい」」
謝って済む問題ではない。
「ヨサクとジョニーつったらよ、時にはビビる海賊もいるくらいの名前になったよ……もう何年も一緒に賞金稼ぎをやってきた相棒だぜ……アニキッ、こいつ…死んじまうのかな……」
サングラスの男、一目もはばからずポタポタと大粒の涙を流す。どうやら、ゾロと昔何かあったようで、ゾロをアニキと慕っているのだろう。それはの目にもわかったが、しかし、今目の前に寝転がっている男に死相は見えない。
ごくり、と緊張する周囲を不思議そうにが眺めていると、の隣のナミがあからさまな溜息を吐いた。
「バッカじゃないの」
「なんだと、ナミ、テメェ……!」
心底あきれた声に、ゾロのこめかみに皺が寄った。おや、とは目を開く。不器用なだけの男かと思っていたけれど、こうして仲間の死に感慨、はあるよう。それに関心していると、ナミの言葉が続いた。
「ルフィ、ウソップ、キッチンにライムがあったでしょ。搾って持ってきて」
「ラ、ラジャー!」
自分たちの所為という追い目のある分、ルフィとウソップは駆けて行った。それを眺めて、はナミを見上げる。
「ライム?」
きょとん、とした幼い顔にナミはもう一度溜息を吐いて、それからバタバタと戻ってきたルフィたちがひん死の男にライムの絞り汁を飲ませるのを確認してから、ゆっくり、口を開いた。
「壊血病よ。手おくれでなければ数日で治るわ」
「本当ですか!姉さん!!!」
「その呼び方やめてよ。――壊血病って言ったら、一昔前は航海につきものの絶望的な病気だったわ」
そういえば、その名前にはも覚えがある。たしか、植物性の栄養の欠乏。昔の船は今と違い保存が利かなかったために新鮮な野菜や果物などがなかったのだ。それでバタバタ面白いように人が死んでいったこともある。懐かしいものだ。
なんて物騒なことを脳内で思いつつ、は感心した。
そして何やらライムをヨサクの口に詰め込んでいるルフィたちに突っ込みは必用なのかと考えてしまった。いや、確かにライムは必用だと言ったが、あぁやって口に詰め込むのは違うのではないだろうか。
「すごいね、ナミ、物知りー」
「すげーなお前、医者みてぇだぞ」
「おれはやるときはやる女だと思ってたよ、お前は」
「船旅するならこれくらい知っとけ!!!あんたたち本当にいつか死ぬわよ!!!?」
がつん、と、怒鳴られました。
◆
「改めて、申遅れました、おれの名はジョニー!」
「あっしはヨサク!ゾロのアニキとはかつての賞金稼ぎの同志!以後お見知りおきを!!」
すぐに全快する道理はないのだが、しかし復活したのか、途端にキリッ、と二人、ポーズを取っての口上。男の名乗りを邪魔するのは阿呆のすることと常々エドワードと語り合っているはそれをへぇと眺めつつ、面白い漫才コンビ、くらいにしか思っていない。
「まさか、お前らにこんなとこで会うとはな」
強さは、まぁ、この東の海で中の下、くらいなのだろうと先ほどのルフィとの戦闘で判断。賞金稼ぎというのなら、政府寄り、ではあるのだろう。この海賊船にはふさわしいお客人ではないのが本来のところだろうけれど、ゾロの知人というのなら、その違和感もしようがない。
「あんたがたにはなんとお礼を言ったらいいのやら。さすがにあっしはもうダメかと」
「しかし改めて驚いた……まさか海賊狩りのゾロが海賊になってようとは……」
「まぁいろいろあってな」
へぇー、とこれまでの経緯を軽く説明しようとした途端、ブゲッと妙な音を立ててまたヨサクが吐血した。
「ぬあぁあ!!相棒!!?」
また蒼白になって引きつく体、とりあえず、はため息を吐いた。
「そんなに早く治るわけないよね」
なんだ、ただの漫才コンビかとの中で二人の位置が決定した瞬間である。
とりあえずヨサクは男部屋に投げ込んで安静にさせるとして、ゆっくりしていたら日も暮れた。とりあえずナミたちは一度キッチンに集まり、改めて今回のことを考える。
「これは、教訓ね」
「長い船旅にはこんな落とし穴もあるってことか」
「あいつらだってこの船に遭わなきゃ死んでたわけだしな」
口々に言う中に、はナミの隣で頷いた。
そういえば、この20年近くすっかり海賊の航海から外れていたが、ロジャーの船の乗っていたころ、あありにが不用心だからとレイリーにしこたま説教をくらったものである。あんまりに長い記憶で面倒くさ…じゃなかった、ややこしいものばかりだったので、記憶の隅に封印していたけれど、確かに、海は逃げ場も助けもない孤立した場所。きちんとした用意がなければならないのだ。
「船上の限られた食材で長旅の栄養配分を考えられる海のコック、よくよく考えれば必要な人間だよなぁ」
椅子に寄りかかりながらウソップがつぶやく。昼間の会話の続きである。
確かにこのままこの一味だけでグランドラインに入れば、まぁ、普通に死ねるだろうとも検討づけていた。見る限りナミの航海術は一等航海士にも引けを取らぬ、いや、それ以上のものというのはわかる。だが、あの海は経験がなければ乗り越えられない場所。そこでストレスなどもあるだろうし、体調管理のもとの栄養配分は本当に大切だ。食べることは生きることである。そのプロが同行していなければ、あの海ではやっていけない。
「よし!決まりだ!!海のコックを探そう!!何より船でうまいモンが食えるしな!!」
うーん、と考え込んでいたルフィが突然立ち上がって叫ぶ。ガタンと椅子が倒れたが、それはもうお決まりのようなもの。
「まぁ、確かに必要だな」
「そうね。でも問題は、海のコックよ。陸の上じゃなくて、海を知っている必要があるんでしょ?」
ただの料理人なら陸にいくらでもいるものだ。しかし、海を承知、のコックでなければならないのだから、探すのは難しい。普通海のコックはどこぞの船に乗っていて、それを引き抜いたりするのが常なのだが、名もない海賊旗も昼間にできたばかりのこの船にコネやツテなどあるはずもない。
「そういうコックをお探しなら、うってつけの場所がありますぜ。アニキ」
黙って話を聞いていたジョニーがひょいっと、寄りかかっていた壁から背を放してゾロの方へ、向う。
「しかし、そこはもうグランドラインの近く。アニキがずっと探してた鷹の目の噂さえ聞くところです」
目を閉じて話を聞いていたゾロが急に、好戦的な気配になった。おや?とは首を傾げる。鷹の目、と今聞こえたような気がするのだけれど、鷹の目といえば、あの鷹の目だろうか。
目指すは、海上レストラン“バラティエ”だなどと口々に叫んで、ジョニーにその店の位置を聞くナミを横目に、はひょいっと椅子から降りてゾロの前にしゃがみ込む。
「なんだチビ」
「ねぇゾロくん、鷹の目って、あの鷹の目?」
「なんだ、お前も知ってんのか?」
有名な男だからな、と呟くゾロは手に持っていた白い刀をぎゅっと握りしめた。
鷹の目のミホークといえば政府公認の王下七武海の一角、世界一の大剣豪だ。鷹のように鋭い目から来ているのか、その戦闘スタイルから来ているのかはの知るところではないのだけれど、なるほど、ゾロが、剣士がどうして海に出たのかと疑問ではあったのだ。ミホークを追っているのか。
「ミホークをどうして追ってるの?仇討ちとか?」
「いや、違う。おれは世界一の大剣豪になると親友に誓った。そのためにヤツを倒す」
そのために剣の腕をがいてきた、と、そういう。ゾロ、をはじぃっと眺めて、でもそれは無理だろうとぼんやり思った。ゾロ、ゾロ、ロロノア・ゾロ。この子供。の腕前はどうだろうか。は剣術に関してそれほど知識がある方ではないけれど、しかし、今のゾロがあのミホークに勝てるとはとても思えない。挑んであっさり殺されるのが関の山、である。
(でも、十年後はわからない)
人は成長するものである。このロロノア・ゾロには気がある才がある覇気がある。そういう素質を兼ね備えている「生き物」だ、ただの剣士では終わらない、そういう予感がにはあった。魔女の予言、などそんな大それたことではなけけれど、階段、梯子、とにかく上にあがるきっかけ、経験さえあればどうなるか。
「ふぅん……誓いか」
「あぁ。そのためなら、命も惜しくねぇ」
脳裏にその親友の姿でも浮かべたか、ゾロの表情がわずかに柔らかくなる。には、親友と呼べるべき人はいない。クザンのところのSiiは友達ではあるけれど、親友、と言うほどにはなっていない、と思う。
その前に、親友と言うのが何なのか、にはちょっとわからない。まぁ、それはどうでもいい。
「会えるといいね、その海上レストランで」
「あぁ、そうだな。お前には野望はねぇのか?」
と、そこで問われた言葉。はきょとん、と眼を丸くした。
「野望?」
「あぁ。夢、目標、願い、なんでもいい。ルフィは海賊王になる。俺は大剣豪。お前はどうする?」
名前を呼ばれた。は少し驚いて、それで、問われた言葉を考えてみる。自分に願い、なんてあっただろうか。
夢、目標、願い、野望。
(望むこと)
少し前に、願ったことは一つある。海軍本部にいた、脊筋のきれいな女海兵と一緒に白い家にすんで、薔薇の咲く庭で一緒にクッキーを作って、お茶を飲む。そこにドレークやサカズキもいたらいいと、そんなことを少しだけ、ほんの少しだけ、願ったことがある。だが、それはドレークの造反であっさりなくなってしまった。
自分が何かを願うときは、誰かが必ず伴う夢だ。だが、誰もかれもが、よりも先に死んで行ってしまう。永遠、などこの世にはなくて、必ず人は死んでしまうのだ。なら、置いて行かれるだけの自分が何かを願うのは、気持ちの悪いことではないのだろうか。
「そうだね…ぼくは、そういうの考えたことないかもしれない」
「何もか?」
「うん。なにも」
にへら、と笑って膝を抱える。そのを眺めてゾロがわずかに顔を顰めた。それでポン、とその手をの頭に置く。
「なら、これから考えりゃいいじゃねぇか」
あっさり言う言葉。ははっと顔を上げた。
「考えられるかな?」
「ふつうに生活してても望みはできるもんだ。これから覚悟しとけよ、あの船長についてきたんだ。いろんなことがある」
海上レストラン!と叫ぶルフィたちを眺めてゾロが目を細めた。も振り返り、揺れる麦わら帽子を眺めて、わずかに微笑む。
「そうだね。うん、とりあえずは、ぼく、ミホークと戦うゾロくんを見たいよ」
「そんなにあっさり会えるとは思わねぇがな」
ぽんぽん、とゾロの手がの頭を叩く。こうして頭を叩かれるのは好きだ。懐かしい感覚がする。男の人の手は、女の人の手とは違う。女の人の手は柔らかくて軽い。ゾロの手は、重かった。は目を閉じて、遠い海を思い出す。
そういえばミホークも、よくこうして頭を撫でてくれた。
next
(ミホークはゾロを殺すのかな)