「ねぇねぇ、ゼフくん。ところで人手が足りないんだったらぼくも手伝おうか」
ルフィの消えて行った裏口を眺めてにっこり提案。
「おれの店潰す気か。嘆きの魔女」
僅かも考える素振りもなくゼフにあっさりと即答されて、は頬を膨らませた。なんというか、人は自分のことをなんだと思っているのか。これでも無駄に長生きしている身。ふざけない・遊ばない・途中で飽きない、の三拍子を何とかすれば、たいていのことはそつなくこなせる。別に優秀だとか万能だとか、ではなくて、そりゃあウン百年も生きていれば、経験積んで当たり前にできるだろうと、その程度の結果ではあるのだが。
不満そうなを見下ろして、ゼフはため息ひとつ。
「皿を洗ったことは?」
「この50年はないね」
「……洗剤って知ってるか」
「シャボン玉作る時に使うやつ?」
あどけない、どこまでも幼いの顔。ゼフは一瞬、これはこの魔女の今後のためにも一応常識を叩きこんでやった方がいいんじゃないかと親心も芽生えるが、他所のしつけには口出ししないのがゼフの主義である。の親代わり(いや、違うだろう)である海軍本部の赤犬サカズキは、料理人の間でもちょっとした有名人で、最高戦力という意味でなくともゼフは一目置いていた。だからこそ、サカズキのところのの教育、自分が口出しすることもなかろうと、そう思いかけるのだが、しかし、甘やかしすぎてねぇかと呆れたくなる。
そういうゼフの沈黙をどう取ったか、がゼフを見上げて首を傾げた。
「どのへんがダメ?」
「全体的に無理だな」
「何事もアグレッシブに突っ込むのが人生だよ。それで玉砕するのが華だよ」
その説得で雇うバカがどこの海にいるのか。ゼフはポンとの背を叩いた。
「いいから、メシでも食って来い」
バラティエ編 05
「あ、ナミー!ウソップくん!」
ゼフと少しの会話も楽しみ、あとはまぁ料理を、それでは楽しませてもらおうかとはひょこひょこレストランの中へ降りて、そこですぐ近くのテーブルに見慣れた三人組。にぱぁっと笑顔を浮かべて、駆け寄る。先に来ていたウソップ、ナミ、ゾロの三人はテーブルに料理の品々並べて楽しく食事中、といったところだったらしい。
「ちょっとまて、なんだそのすがすがしいスルーっぷりは!!?」
一人名を呼ばれなかったゾロ、ダンッと手でテーブルを叩くが、は「お行儀悪いよ」と素知らぬ顔で嗜めただけ。すぐにナミの隣に座って、いそいそとエプロンを膝に敷く。
「あら、。起きたのね。ジュース飲む?」
「うん、リンゴがいいなぁ。ヨサクくんとジョニーくんがここだって教えてくれたんだ。あとで二人にお土産買って帰らないと」
ナミは手際よくの方のグラスにデカンタの水を注ぎ、出て来ているサラダを小皿に取り分けて置いた。礼を言いながらそれを受けて、は「そうそう」と手を叩く。
「あのね、ルフィくん。ここで一年雑用させられそうなんだよ」
先ほどゼフと少々話したときについでに聞いたこと。慰謝料やらなにやら、金はないので払わないときっぱり言ったルフィに、(一応は譲歩したらしい)ゼフのその提案。は一年間もこの海で遊んでいられないので、実際にそうなるとそれはとても困るのだが、さて仲間たちの反応はどうだろうか。
「へぇ、一年も?まぁいいんじゃない。ステキなレストランだし、ここ」
「一年もかよ?おいおい……冗談じゃねぇだろ」
ウソップ、ナミの反応はまぁ想定内。さてゾロくんは、とニコニコ楽しみにしていると、図上からルフィの声。
「あー!おまえらずりぃぞ、おれを差し置いてそんなうまいモン食うなんて!!」
雑用姿のルフィ、登場。白い前掛け、それでも麦わら帽子を外さぬのがらしい、といえばらしいもの。は一瞬自分も手伝うことをゼフに許可されたらあぁいうカッコになったのかと思い、残念!と指を鳴らした。海軍本部にいる時はサカズキが何が何でも厨房にを近づけないので、コックさん(あるいはウェイター)の格好なんてしてみたい、とそういう欲求。コスプレかと言われれば、まぁ、そういう程度の気やすさだろう。
「別におれたちの勝手だろ。雑用一年だってな。旗のマーク描き直していいか?」
ズカズカと近づいてきた船長を眺め、ゾロの愉快そうな声。嫌味というかまぁ、ひとつのからかい、なのだろうとは思うけれど、ルフィが素直にむっとした。それで、ゾロが何か喋っている最中にほじほじっとルフィの鼻のゴミをコップに仕込む。
(うわ、さいあくだ……)
あまりそういうのは好きではない、あからさまに顔をしかめはしたものの、別に止めない。それでその仕掛けられたコップ、ゾロが手にとってゆっくり傾く、のを、とりあえず目をそらして放置はした。
「テメェがのめコラ!!!!」
やはり気づいたらしいゾロ、がばっとルフィを押えこんで無理やり中の水を飲ませる。ぎゃあぎゃあと叫び声に笑い声、は、楽しくていいのだけれど、「うーん、下品」と素直に引いた。
◆
霧かかった海を眺めながらふわり、と欠伸をする。
ルフィがバラティエの雑用になって今日で四日だ。がルフィたちの仲間になって6日目。もうあっという間に日は流れるもの。例の島で起きたことは海軍本部に正式に報告されて、今頃イリスが上手くやっていれば、彼女の身はSii、あるいはベガパンク預かりとなっているはずである。まぁそれはいいとして。
「なんだかんだとここにきて、もぅ四日目だぜ、ルフィのヤツ本当に一年間も雑用する気かよ」
ひょっこりとの隣にやってきて、ウソップはため息交じりに手すりに身を付した。海賊になろうと意気込んで飛び出したウソップ、まだ冒険らしい冒険をしていない。まさかここで足止めを食うのかと、げんなりしていると、そんな二人とは対照的な、ナミの明るい声。
「いいじゃない、食事代はタダだし。居心地いいもん」
「そりゃお前だけだ」
初日にレストランで食事した際、サンジというあの金髪のコック、ナミが理想の女性にストライクだったらしい。思いっきり口説いたあと、それに便乗したナミの色香によってナミ、ここでの食事はタダという権利を獲得した。
りなみにはちゃんと払っている。基本的に現金を持ち歩くではなかったのだが、イリスとわかれるときに「アンタ世間知らずね!」といくらか渡されたので持っていた。なるほどこういう風に外で生きることになるとお金は大事なんだねぇ、とそういう発見があったのだが、まぁそれはどうでもいい。
「あ、ルフィくん」
ひょこっと、バラティエの裏口から生ゴミの入ったバケツを抱えて出てきたルフィ。今日も雑用雑用の日々。なかなか板についてきたのか、最近は大きな失敗もない、と、昨晩ゼフとチェスをして遊んでいる時に聞いていた。
「おい、ルフィ。どーなってんだよ、早く出向しようぜ」
「もう少し待ってくれよ。オーナーにまたはなしてみるからさ」
ウソップに促され、ルフィも困ったような声を出す。一応自分がバラティエの屋根を壊してしまったという自覚やら責任感やらいろいろ抱えているよう。踏み倒さないのがえらいとは素直に感動した。
しかし、まぁ、ルフィの強情さとゼフの強情さ、筋のあるのが今回はゼフの方であるのだから、何か特別なことでもない限り、ゼフが折れることはないだろうというのがの予想。一応自分も、ルフィがここで一年も雑用されては困るのでそれとなくゼフを説得しようと試みているのだが、ことごとく失敗している。基本的に、たいていのことはわがままで押し通すので人を説得する能力はない。
そういえば、とは四日前、ナミを口説いていたサンジがオーナーのゼフとちょっとした口論をしたのを思い出した。
サンジは何がなんでもこの店を辞めないと強い意志。だが、ゼフは、ひょっとしてサンジをこの店から出したいと思っているのではないだろうか。口では「おい出す」と言い、そういうスタンスを崩していないのだけれど、海賊の、あの年代の男は皆意地っ張りなのである。素直に自分の心中晒すことはせぬ男ばかり。からすれば「解り辛いよ!!」と大声で叫びたいことも、彼らには「矜持」の一つだというからわからぬもの。
例の、ゼフが足を失った原因であるのがあのサンジで、だから、サンジは店を、ゼフの宝というこの店に居続けているのだろうかと、そう思い当たる。
(ふ、ぅん)
ぼんやりとは遠いグランドライン、水の都にいるフラムを思い出す。生き残ったことを悔いる気持ち、にも理解できる。どうして自分などが、と毎朝毎晩、朝日が昇るたび、夕日が沈むたびに己を責める。は、もうどうすれば償えるのかわからないところまできてしまった。だから、は「こう」なってしまったのだけれど、まだ、百年も生きていない人間たちは、諦めず、己の思考で出した「償い」をするらしい。
(そういうのは、少し羨ましいけどね)
にはもう、償える相手すらいない。
と、そんなことを考えてじぃっと暗くなりかけた思考回路。ブンブンと頭を振っては振り払い。今はそういうことではないと持ち直す。とにかく今は、ルフィの雑用時代を終えてグランドラインに入らなければ。
「あれ?ルフィくん?」
霧の中で視界の悪い海上、どこか遠くの一点をじぃっとルフィが凝視している。
何を見ているのだろうかとも興味をそそられて視線を向けるが、何も見えない。ただでさえ霧で遠くが見えにくいのに、そこにルフィは何を見出しているのだろうか。
トン、とはルフィの隣に下りて、首を傾げる。
「何か見えるの、ルフィくん」
「あぁ、何か、来る。なんだろ」
気配は感じているものの、何か、はわからぬらしい。はぶるっと身を震わせた。少し気圧が下がっているのか、空気が震えているように思える。慣れ親しんだ気配がどこからか、感じられるが、それはルフィの見ているものよりもっと後方にあるような気がした。
じぃっと目を凝らして、なんだかあまりよくない予感。別に何があろうと構う己ではないのだが、ここはレストラン・バラティエ、ゼフの店である。何事かあるかもしれぬとこの魔女の予期があるのなら、それを知らせてみるのが知己の中。ひょいっとデッキブラシを取り出して、バラティエ上部、ゼフの部屋を目指す。
「ゼフくん」
ルフィに台無しにされた屋根はまだそのまま。別に雨も降らぬ、今は暑い季節だから構わないのだろうか。コンコンコン、と一応は壁をノックして、何かノートをつけているゼフの背に声をかけた。
「か。どうした」
「うん、何かね、嫌な気配がするから。忠告しに」
「魔女の予感か」
無碍にすることの無謀さは知っているゼフ、眉を寄せて立ち上がり、の方へ近づいた。それで、むき出しになった壁から海を眺める。
「……あれは、」
「何か見えた?」
海賊なんぞやっている連中は皆目が良くなるらしい。(考えては一瞬嫌なことを思い出した。海賊の癖に、バカなことに視力を低下させたハデ鳥、あれはもう、だからバカなんだとしか思えない)目を細めて遠くを見つめるゼフ、はきょとん、と顔を向けた。
「砂時計に髑髏。ありゃ、クリーク海賊団だな」
先日の餓死寸前男のいるという海賊団か。はふぅんと頷いて、やがて自分の目にも見えてきた、巨大なガレオン船を見上げる。
大きな船、だ。
(……あのガレオン船)
とてもご立派、恐ろしい風体、だが、全体的にズタボロのボコボコである。おや?と首をかしげたのは一瞬。全体の傷はグランドライン特有の突発的なハリケーンによるものと一目でわかった。船をここまで痛めつけるのは、なんというかひどい。
まぁ、ガレーラの船ではなさそうなので、崩れるのは別にどうでもいいのだが、の目に引っかかるものがある。天災、と思われる個所以外、その切り口、だ。
(あれ、ひょっとして?)
クリーク海賊団、ギンという男。どうも自分覚えがあったのだが、なぜだろうかと、そろそろ、疑問がすっきり解消されそうな気もしてくる。だがまだなんのことかはよくわからない。うぅんうんうんと唸っていると、ひょいっと、ゼフに首根っこを掴まれた。
「奥に入ってるか、自分の船に戻ってろ。嘆きの魔女」
「クリーク海賊団っておっかないんでしょう?ゼフくん大丈夫?」
片足を失ったとはいえ、ゼフは並の海賊風情にやられる可愛い生き物、とは思っていない、だが、しかしここには一般人(コック含む)も多くいる。ゼフ一人ならどうとでもなるとは確信しているけれど、人間はいろんな鎖があるもの。
心配して問えば、ふらふらつり下げられたままの格好のを見下ろしてゼフがフン、と鼻を鳴らした。
「ガキが余計な心配してんじゃねぇ」
を化け物、と知る老人の、そのあっさりとした言葉。はにへら、と笑った。
しかし、何をしに来たのだろうか、クリーク海賊団。あんなにズタボロ、なのが少し気になるし、ひょっとして、とに思い当たることもあるのだけれど、まず単純にご訪問の意図を知りたい。
サンジが助けたギンというクルーが恩返し、ということはまぁ、ないだろう。それならガレオン船で来ることは礼儀としてない。海賊船、巨大な船が一般の世界をおとなうことは恐ろしいと周知の事実、何か礼をしようと思っているのなら、まずそのあたりをわきまえて考えるだろう。だから違うと見当づけて、は首をひねった。
一応ギンはサンジに助けられたが、しかし、バラティエのコックたちはフルボッコにしたという。その仕返しとかか?
たった一人の船員のために本隊が動く、というのはグランドラインでは珍しいことでもない。大海賊エドワード・ニューゲートだってそうだ。こんなに巨大なガレオン船の主どのならその定義を持ち合わせているのだろうか。
「ねぇ、ゼフくん。ぼくちょっとルフィくんが心配だから下行ってくるね」
ひょいっと、ゼフの手を逃れて、下のレストランへたったか向う。その後ろをゼフが呼びとめた声が聞こえたが、聞くでもない。
(なんだろ、この嫌な予感)
ひしひしと何かを感じる。だが、このバラティエに起こることなのか、それともルフィに起こることなのか、それともこの自分の身に起こることなのか、それはにはわからなかった。
◆
あ、いたいたルフィくん、とはざわつくレストランの片隅にルフィ、と、それに金髪のコック、サンジを見つけて近づく。
「ねぇ、ルフィくん。どうしたんだろうね」
「さぁ。ギンのヤツが恩返しにきたとかか?」
「そうは思えねぇがな」
つんつんとルフィのエプロンを引っ張り問えば、ルフィののんびりした声に、やや緊張したサンジの声。コツコツコツとレストランの窓の外を通り過ぎる影が、入口に近づいて追って見えた。
少し前まで賑やかな食事の場であったレストラン、今はすっかりしずまりかえり、何があるのかと皆脅え、しかし息をひそませている。
もじぃっと扉を眺めた。クリーク、クリーク、クリーク海賊団。それに、あのギンという男の顔、どうも見覚えがあった。そして、の良く知る切り口で無残な姿になっている、海賊船。
ガチャリ、と、扉がゆっくりと開いた。
かちゃりかちゃりと身につけた鎖の音を鳴らし、ゆっくりと現れた二人の男。一人は先日のギンだ。もう一人、ギンより随分と大きな体、分厚いコートにの目には「……チンピラ?」としか思えない豹柄のシャツ。なかなかの強面、この男がクリーク海賊団の船長、というのはギンの、男を支えて一緒に入ってきたギンの様子でわかるもの。
「?」
きょとん、とは目を瞬かせた。
恐ろしい男だなんだと、お客が口々に囁いていた、そのタネ、であるはずのその、男。すっかり、衰弱しきって餓死寸前、にの目には見えた。
沈黙し、困惑するのはだけではないよう、レストラン内の人間も、いったいどういう状況なのかとざわめく。
そんな中、クリーク海賊団の船長、クリークがゆっくり、か細い声を出した。
「た、のむ……。水と、メシを……もらえないか」
金ならいくらでもある、と、今にも消えそうなほど小さな声。はただ驚き、隣のルフィを見上げた。
「腹減ってんのか?」
「……そう見えるよね?ルフィくん」
威厳も迫力も感じられない、とらせん階段の上のパティがつぶやくのがの耳にも届いた。
「あれがドン・クリーク……?」
客の一人が信じられぬ、と呟く声、それに触発されてかレストランの中で「いったい」「何が」「あれが東の海の覇者?」などとはっきりとした言葉が響き合う。
その間にも、噂の中心、ドン・クリークは部下のギンに支えられながら、フラフラと何か言葉を続けようと口を開くけれど、しかし、今度は声にもならず、そのままドサリ、と巨体が崩れる。
「!!船長!!ドン・クリーク!」
ギンが慌てて意識を呼び覚まそうと声を上げるが、ぴくり、とも動かない。は「ふぅん?」と首をかしげた。演技、のたぐいではないだろう。本気であの男には死相が見える。餓死寸前。先日のギンと同じだが、解せなかった。ギンは、どうやら海軍本部のあの大尉殿に捕まって食事を与えられていなかったからの状態だと思っていたのだけれど、その親元であるドン・クリークまでその状況ということは、餓死=海軍というわけではないことになる。
先ほど一瞬浮かんだの推測が、次第に確信へと変わっていった。
「お願いだ!うちの船長を助けてくれ!!本当に餓死寸前なんだ!!!このままじゃ死んじまうよ!!」
意識を取り戻さぬ船長を歯をくいしばって一瞥し、ギンは必死になって叫ぶ。しかし、客もコックも誰一人動こうとしない。まぁ、それも当然である。海賊、しかもこの海で悪名をとどろかせている海賊に、自分から係ろう、という一般人はまずいない。
「今度は金もある!!おれたちは客だ!!」
先日追い出された時、金がない、と告げるまでは接客を受けたことを思い出し、ギンは正統性を叫ぶのだけれど、その時に追いだしたコック、パティがまた近づいて、鼻で笑い飛ばした。
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ!!!おい、すぐに海軍に連絡を取れ」
「何!!?」
「こんなに衰弱しきってるとはまたとねぇチャンスだ。何も食わせるこたぁねぇ!」
取り押えておけとテキパキと指示を出すパティ。
ギンが悔しそうに歯を向いて睨みつけてきたが、それでどうこうしてくるわけでもない。ぼうっと眺め、は欠伸を噛み殺した。
先ほど自分の感じた危機感、はこれではない。ドン・クリーク。東の海の覇者を見ても、何も感じぬ己がいるので安心した。だが、やはりギンの顔とクリーク海賊団という名前には覚えがあるのだ。つまり、の覚えた危機感と、ギンたちの覚えがある、というのはあまり関係性はないということか。
段々興味を失くしていると、パティの言葉ににわかづいた客たちが、クリークが衰弱していることに気を取り直し、口々に云い募る。
「そうだそうだ!元気になったら何するかわかんねぇぞ!」
「日頃の行いが悪いからこんな目に遭うんだ」
「餓死しても当然だ!」
「そいつはそれだけのことをしたんだ!!」
それにはも賛同した。別にクリーク海賊団の悪事などの耳には入ってきていいないので、どれほどの悪人かなどは知らないが、基本的に海賊というのは法の外で生きると決めた連中である。自分たちだけの秩序、自分たちだけの力で生きると守られた檻を出た生き物たちである。何があったとしても、それは、自分らで乗り切らねばならない。こうして瀕死の時に人々から罵られても、それは、彼らがひどいわけでもなんでもなく、海賊である連中がすべて悪いのだと、それが道理だ。
助けはない、と突き付けられて、ギンが俯く。ふるふると悔しさで震える拳が地面を打つと、そこでぴくり、とクリークが動いた。
「な…にも、しねぇ……なにも、しねぇ。食わしてもらえれば……おとなしく、帰る……」
ふるふると、わずかに体をあげ、体制を整えてから巨体の土下座。なりふり構わず、と言ったその様子にギンがぽろぽろと涙を流す。
「残飯でも……なんでもいいです……なんでも……いい…から」
食わせてくれと懇願する、東の海の覇者と恐れられている男。周囲に動揺が走った。憐憫、生き物は皆覚えるらしい感情。眺めていたはこれまでルッチやらそのほか数人くらいにしか感じたことはないが、人は見知らずの人間にも憐憫を覚えることができるらしい。
カチャリ、と食器の重なり鳴る音、のすぐ近くをにおいの立つ料理が通り過ぎた。やはり、というか、なんというか、体躯の良い男ように大皿に山盛りにしたピラフ片手、サンジがひょいっと、飛び降りた。
「どけ、パティ」
とりあえず目下の邪魔になると判断された同僚コックを足で蹴り飛ばし沈めるる、サンジは唖然とする周囲など知らぬ顔でコトリ、と、ドン・クリークの前に皿を置いた。
「ほらよ、ギン。そいつに食わせろよ」
何でもないことのように言う、サンジ。悔しさを無力感に震えていたギンが顔を上げた。
「サンジさん……!!!」
目の前に置かれた匂いに反応し、ドン・クリークは顔をあげ「すまねぇ」と低く唸ってから、スプーンも使わず、口の中に放り込んでいく。よほど飢えていた様子にサンジが眉を寄せた。いったい、どんなものが彼らを襲ったものか。疑問は深まるばかりである。
ガツガツと口に投げ込まれ消えていく皿の上の量に、ついにコックの一人が耐えきれずに叫んだ。
「おいサンジ!!今すぐそのメシを取り上げろ!!!テメェそいつがどういうやつか知ってんのか!?」
恐怖に顔を引きつらせながら、そのコックの叫ぶこと。も興味があった。ドン・クリーク。クリーク海賊団に自分は聞き覚えがあるのだ。だが見る限り覇気も才気も感じられない男をこの魔女が覚えている、ということがひっかかる。何か原因があるのだと思うが、思い出せない。これですっきりしてくれるかと期待して耳を傾けた。
「だまし討ちのクリークとはコイツのことだ!コイツは海兵に成りすまし、海軍の船上で上官を殺しその船を乗っ取ることで海賊としての狼煙をあげた………!!」
なんと恐ろしいことを、と周囲が慄いた。はポン、と手を叩く。
なぜ自分が東の海の賞金首を記憶していたのか、いくら東の海で最強、とされていても、高々数千万程度の賞金首など、グランドラインでは話にもならぬもの。それでも覚えていたのは、そうだ。ドン・クリークとかいうその男。あぁ、そうだ。海軍にケンカを売った海賊なので覚えていたのだ。
(そうそう、海軍の船、奪って旗揚げしたんだよね。ふ、ふふふ、思い出した)
意外にあっさりとしたオチがついたものである。別に興味深かったわけでもなく、ただ、海軍の船を奪うという、許されざる行為の上に生まれた海賊、であったから、だ。だから、確か七武海の「討伐書」に名を連ねていたはず。
世界政府の公認した「海賊」である王下七武海には、みな「リスト」が配られる。政府にとって都合の悪い存在やらが記されたリストで、平たくいえば「ヒマだったらこいつら殺っちゃってください」というようなもの。まぁ、政府の言うことを素直に聞く七武海などいないのでそのリストは半分形式上だけのようなものになっていたが、先日ミホークに会った時に「赤旗も乗ってる?」とそれが気になって見せてもらったのだ。それで東の海のドン・クリークの名を記憶してしまったと、そういうことだろう。
ギンの顔に覚えがあったのは、おそらく、その時にギンの手配書も一緒に見たのだ。賞金額は覚えていないが(覚えるほどでもなかったのかもしれない)手配がかかっているくらい、てっきり下っ端の戦闘員か何かかと見えたけれど、の目にとまったのだから、戦闘能力は高いはず。
頷いて、スッキリ〜とニコニコ笑顔。勝手に自己完結していると、ガキッ、と、何かがぶつかる音がした。
「サンジ!!!」
ルフィの叫ぶ声。はっとしてが顔を上げると、食事をしていたはずのドン・クリーク。もう詰め込み終わって回復、というのか、先ほどまでの弱々しさは欠片も感じさせず、重い一撃でサンジを床に叩き付けた。
「約束が違う!!ドン・クリーク!!この船には手を出さねぇって条件でアンタをここに連れてきたんだ!!!それにその男は俺達の命の恩人だぞ!!!」
サンジがげほっ、と血を吐くと、それを見てギンが蒼白になった。信じられぬ光景、なんてことを、と驚きながら、己の船長に詰め寄る。その部下の肩を容赦なく、クリークが握りつぶした。
「あぁ、うまかった。いいレストランだった」
過去形である。ぴくり、との顔がひきつった。そう来るだろうとは思っていたが、この男、なんだ、外道か、と目を細める。
ドン・クリークの低い声がバラティエに響いた。
「この船を貰う」
聞
きながらぼんやりと、「さっきルフィくんが捨てようとしてた生ゴミ口に突っ込んでやりゃよかった」と外道なことを堂々と、心の底から思った。
Fin
・鷹さんまで書きたかったんですが、力付きました。現在一日一話ペース。←いつまで。