ふわりふわりと浮かんでいたら、ひょいっと首根っこを掴まれた。むんず、と、遠慮ないというよりは、猫の子でも拾うゆなそんな、仕草。
「お前、知ってるぜ。海の魔女、だろう?」
何事だとおっかなびっくり振り返った先、やけに隈の濃い男がにんまりと、口元に心底愉快そうな笑顔浮かべていらっしゃった。
「自分で名乗ったこと、ないけどね」
なんか、厄介ごとかなんだかと、眉を寄せ溜息を吐きながら、トラファルガー・ローの言葉を肯定してみる。確か先日ドレークに、出遭ったら何がなんでも全力ダッシュで逃げて来いと、そう言われたような気も、しなくもない。
(まぁ、いっか)
いざとなったら殴り飛ばしてでも逃げる。可能であるし、火遊びして化膿もちょっと、してみたい。それに一番、ドレークが胃をきりきり痛めている姿、想像するだけでとっても楽しいじゃあないかと、そういう、心底意地の悪いことを考えつつ、は死の外科医、だなんておっかない名前の男を見上げた。
「ぼくに、何か用?」
緑色の床
まぁ飲めよ、と、出されたのはどう見ても、香の良いジャヤコーヒー。結構おいしいと評判だが、生憎、コーヒーよりは紅茶派であるし、第一、コーヒーの茶菓子でセンベイって、これ、嫌がらせかとか、悩む。本気で、悩む。
なぜだかずるずると、自分はチュウに浮かんだまま引き摺られ、引き摺る張本人上機嫌で鼻歌なんて歌いながら、拉致、じゃなかった、連れてこられたのは、船の中。作りからして北の海。ガレーラ製じゃないのかとぽつりと呟けば「うちの船大工の腕は良いんだぜ」と、何故だか自慢された。
「毒なんて入ってねぇぞ。まぁ、海の魔女に毒が効くのか興味はあるがな」
「一応効くよ。毒入ってないけど、変なの入れたでしょ」
「わかるのか?」
「わかるよ、まずそうだし」
毒じゃあないが、これ、何なのか。飲むふりをして探るのも面倒だ。というか、なんで初対面の人間に突然薬物盛られなきゃならないんだろうか。
「ねぇ、一体ぼくに何の用?」
さっきからぐだぐだ何度か聞いているのだが、さっぱり答えてもらえない。そういうタイプの人間らしいと、そういう噂は聞いていた。しかし、翻弄するのは好きでも、、されるのはあんまり好きじゃない。(まぁ、好きだという人間はいないだろうが)それにここに連れてこられる時、結構人の目を引いてきた。あんまり長いをして、ドレークがここに乗り込むような事態は、困る。
「ドレーク屋のところの船員やってるってのは、マジか?」
ずずーと、自分は湯のみから緑茶なんでのんびり飲みながら、問うトラファルガー。ロー、という短い名前は言いづらいとは思いつつ、首を捻った。
「マジだよ」
「へぇ」
面白そうに笑って、けれどそれだけだ。それっきり、黙ってしまって、しようがなく、はひょいっと腕を振って水筒を取り出すと、こぽこぽと蓋に紅茶をそそいだ。
「準備良いな」
「赤旗が、外で出されたもの飲んじゃだめだって」
持たせてくれたんだ。言えばローが笑う。よく笑う男だと思う。赤旗も見習えばいいのに、でもきっと、ローみたいな笑い方をドレークがしたら、怖い。おっかないというか、なんというか、自分は本気で泣くかもしれない。想像して、ぞっとする。
「ドレーク屋はお前の父親か何かかよ」
くつくつと、喉の奥で引っかいたように低い笑い。誰かに似ているとぼんやり気付いた。誰だったか、確か、何か、派手な色彩の、鳥。そういえばこの男は北の出身だという。まさか。
「ねぇ、ね、トラファルガー・ローくん。ぼくの観察日記でもつけろとか言われたの?」
「誰にだ?」
「学校の先生とかね」
「生憎学校ってところに行ったことはねぇな」
「なかったの?」
「まぁな」
学校自体がなかったのか、行く機会・権利がなかったのか。なかなか判断つきかねる問答。きょとん、と、はテーブルに一度視線をやり、あらためてこの化かしあいは難・何なのだろうかと、思う。
北の海。そうそう、あの辺り、とっても厳しい場所だと聞く。容赦なく、とにかく、凍えてそれだけで死んでしまいそう。そういう場所だ。、あまり近付かない。ずっと昔に生きていた頃、嫌なことがあったから、400年以来行ってないと思う。
「あのさ、トラファルガー・ローくん。ぼく、そろそろ帰りたいんだけど」
「出された茶を飲むくらいの行儀は見せてくれてもいいんじゃねぇのか?」
ははは、と、笑い声。どちらかのかどうかなど、知ったことじゃあない。ここで立ち上がってこの男にこのままコーヒー引っ掛けてやても問題はないだろうけれど、、ぐっと、腹に力を入れてみた。
「あんまちょづいてるとぶっとばすぞこのパンダ」
とか、結構本気の怒気を入れてみたのだけれど、暖簾に腕押し、柳に風、だったかなんだったか。ワノ国の諺は難しいもの。ぴきりぴきりと辺りの温度が下がっていろいろ凍えても、北出身のこの男には何の害にも難の外。
「パンダか。せめてクマにしろよ。白くまはいいぜ?」
俺の仲間にもいるんだ。会うか?などと、何これ世間話?は顔を引きつらせて、なんだか随分と久方ぶりに、真面目に人と話しが出来ることが素晴らしいことなんだとか、実感してしまいそうだ。
「だから、何の用なのかって、それ聞いてるんだよ。答えてよ」
うんざりとして、はソファに背を預けた。とりあえず、何がなんでもこのコーヒーに手をつけることだけは、意地でもしない。なんだかこの分だと煎餅も危なさ双なので、当然ノータッチである。
「用は、」
「ないとか言ったらこの船沈めるからね」
「そう急ぐなよ。用はあるさ」
遠慮なく言葉を遮ったににやにやと笑い、トラファルガー・ロー。いつのまにやら、テーブルの上にどん、と、取り出す。
「お前にこれを着せてやろうと思ってな」
目の前にばーんと、当然のように置かれたそれ。、一瞬顔が引きつった。
暖かそうなファーのついた、極寒にも耐えられそうな、コート一着。この島で時々見かけたこの船のクルーが着ているものより、若干裾は短い気もしなくはないが。しかし、これ、間違いなく。
「……しかもなんで、恩着せがましい言い方してるの?」
いろいろ突っ込むところはあるのだけれど、とりあえず、そこにしてみる。
「そんなものより、断然似合うに決まってるだろ」
そんなもの、呼ばわりされ指差されたのは、ドレーク嫌がらせ道具七つ道具の一つ、No3、「赤旗さんとペアルック☆」である。
「余計なお世話だよ。ぼくこれが気に入ってるんだ」
そりゃ、確かに評判は悪い。すこぶる悪い。この島に来る前に立ち寄ったW7ではルッチに物陰に引きずり込まれて「そんな格好は止めて下さい!!」と土下座された。事情を何も知らぬパウリーやらアイスバーグにも「どうしたんだ?その格好」と言われるくらいだ。鷹の目は、なんかちょっと悔しそうだった。似た作りだと思うのだが、全く、何が悪いのか。ついでに言えば、赤犬の前でこの格好をする勇気は、さすがにない。
「ドレーク屋は何もいわねぇのか?」
「うん。突っ込んだら負けだと思ってるんじゃないかな。まぁとにかく、着ないからね。それ」
「遠慮するなよ」
「してないよ」
ジャキッ、と、カチャリ、と、行き成りお互い臨戦態勢整いました。テーブルに足かけて抜刀したトラファルガー。ソファに立ち上がってデッキブラシを構えた。ゴォォォォと、見えないブリザードが引き荒れる。
「全く、何が不満なんだ?」
やれやれと、困ったというように言われれば腹も立つ。
「ぼくは赤旗への嫌がらせに命かけてるんだよ!キミの嫌がらせを受ける余裕ないから!」
思わず、珍しく声を上げて怒鳴ってしまえば、は?と、トラファルガー・ロー、意味不明なことをこちらが言ったかのような、声を出す。
「嫌がらせじゃねぇよ。言ってんだろ、似合うって」
全く持って着る気のない人間に無理矢理着せようとするのは嫌がらせだと思うのだが、そういう常識、海賊にはないのだろうか。いや、海賊関係ない。この男に、と限定してやったほうがいいだろう。じゃないと世界の海賊さんたちに失礼だ。
「折角作ったんだ。まぁ、着てみろよ、海の魔女」
心の底から遠慮しない。片手に長剣、片手になんかふわふわしたコートを持った、眼付きと顔色の悪い男。どう考えても、「お前に似合うと思ったんだが…」「まぁ、嬉しい!」なんて、そういう、甘い展開じゃあない。絶対に、ない。
「もー!駄目だよキャプテン!好きな子が嫌がることしちゃ!」
ばたーん、と、扉をけり破った乱暴さのはずなのに、なんだか可愛らしい効果音。それとともに部屋に飛び込んできた、白いクマ。
「え、クマ……?熊……?」
なんだか聞こえたおっかない言葉より、新しい登場人物(登場熊物?)にはとりあえずびっくりして、一瞬反応が遅れた。
デッキブラシを一瞬緩めたその隙と、唖然としで出た隙を逃がすような男なら超新星の一角だ何て呼ばれない。いや、そんな根性も証明も要らないが、とにかく、はたりとが気付いた後には、いつのまにやらすっぽりと、腕までしっかり通されて、着せられていた白いコート。当然、ドレークコートは脱がされている。
「なっ……!!!な!!!」
「似合うだろ?なぁ、ベポ!」
「キャプテンってば!俺の話聞いてた!!?」
驚く、なんだか満足そうなロー、憤慨しながらぽっぽとローを叩くクマ、ペボ?とか言うのか、ベポなのか。
「これでお前もハートの海賊団な」
「ちょ、返してよ!!ぼくのコート!!!」
「俺に命令するなよ、海の魔女。ふふふ、似合うから問題ねぇだろ?どう考えたってあのクソ真面目なドレーク屋んとこより俺の船のほうが楽しいに決まってる」
「何言ってんの!?ねぇコイツ何言ってんの!!?何か勝手にぼくの進路決めてるよ!!!?」
ぎゃあぎゃあと、叫ぶと満足そうなトラファルガー・ロー。結局この騒ぎ、島中を駆けずり回りを探し収穫ゼロ、目撃証言から敵船に単騎で乗り込んだドレークさんが二人を正座させて説教するまで続いたそうな。
Fin
(出会いは、回想)