少し高い段差のうえにとんとん、と、急き立てられて上がり行く。その足、どうしたって彷徨うもの、なんとか逃げようと試みるのにどうしようもないこと。背をぐいぐいと棍棒で押されて進み出る。視界真っ暗ごめん、なんてこと、喚く、騒ぐ、慄く様子に容赦なく麻袋を被せ、ぎゅっと首元を荒縄で縛る。その最中も必死に乞う命、どうにかして差し上げるような連中、生憎とこの広場にはいないもの。後ろ手を縛られ、足には重い鎖、ひょいっと、少し離れたところにいる紫の髪の男が手を振った。

何の躊躇もなく、その足元が無くなる。喚く声も無くなった。





捩じれくれた男





「気分でも悪くなったか?」

一番立派な椅子に腰掛けて背を持たれさせ、足なんぞ組みながらこちらに視線だけ向けてくるスパンダムに、は自分が眉をしかめていたことを自覚させられた。それで左手で眉間に手を当て、ゆっくり息を吐く。自分達の目の前、真ん前、床が抜けてぶらんと、照る照る坊主のようなものが揺れている。見ていて気分の良いもの、ではないのに、それをスパンダムは嬉々と実に楽しそうに観賞する。良い趣味、とはいえない。

「いまどき縛り首なんて流行らないよ」
「処刑の手段に流行り廃りなんて関係ねぇさ。打ち首もいいがな、やっぱ罪人は縛り首だろう。次は火刑だな」

その時に薪はなるべく燃えぬ、煙の多いものが面白い、と楽しそうな声。はうんざりとしてずる椅子に沈み込む。エニエスの責任者、支配者、小さな王様、呼び方は何だっていいが、この男、スパンダム、これでれっきとした政府のお役人。どこか螺子吹っ飛んでんじゃないかと常識のないが時々思うほど、とんでもない男。
罪人、犯罪者に一切の容赦なく、他人への慈悲もなく、権力以外のものを恐れることもない、傲慢を絵に描いたような生き物。

「火、ねぇ。それやるときはぼく呼ばないでよ。炎、きらいなんだ」
「そうか、じゃあ特等席を用意してやるよ」
「スパンダムくんきらい」

そうか、そうか、とせせら笑う男。矯正具なのか何なのか、奇妙な仮面を嵌めている。それが一生はずれなければいいのにとは本気で思ってた。彼、あの、可愛い子の生きていた証のようなもの。全く、なんで自分はスパンダムを海に沈めてしまわないのか、心底不思議。恨む理由、憎む理由、たんとあるというのに。

ぼんやりと網膜に浮かんでくる、笑いすぎて詰まったような息を吐く船大工の顔、乱暴だったが真っ直ぐだった青い髪の少年。全部、全部、この男が奪った。

スパンダインの息子の、スパンダム。紫色の髪、ふわふわとした生き物。言動どこかそそっかしくドジばかり、何かすれば必ず何かひっくり返してしまう運のなさ、というか注意力のなさ。それでもこの生き物は頭が良い。とても良い。
スパンダムは周囲から無能だなんだの陰口を叩かれている。もよく聞く。知っている。強さ、言葉に単純化できるような暴力の類は一切使えぬ矮小な生き物だが、とても頭が良いのだということをは認めている。有能、でなければCP9の長官、エニエスの管理人になどなれるはずもない。
海兵、海軍、政府はまず純粋な力で出世するか、それとも特出した頭脳か、で出世するかの二極化。親のコネでどうこうする輩も時々いて、スパンダムもその一つといわれたりもしているが、いくら親が凄かろうが世界政府、全くの無能をエニエスに据えたりはしない。

「嫌いで結構。罪人なんぞに好かれるなんざ、反吐が出るぜ」

ここまで敵意、を自分に向ける生き物は珍しい。だからはスパンダムに手出ししないのか、と、時々思う。その仕事がら、スパンダムはパンドラの存在定義を承知している。その上で、を「罪人」と、本当の意味で扱うのだ。
サカズキや、その他の海兵、大将、元帥、中将らとてを「罪人」と理解してはいるのだけれど、彼らは一様に「守る」体勢である。それもそう、パンドラはこの世界の正義(あのくだらぬ王たちの作った正義)を持続させるための大義名分そのものであるのだから、失うわけにはいかぬ。罪人でありながら、証拠、でもあるのだ。名目としては誰からも憎まれる権利を持つ己であるのだけれど、実際憎まれたことなどあまりない。自分の意味を知っている人間に憎まれたことは皆無である。
しかし、スパンダムは違う。この男は、正義の役人は、を並みの犯罪者たちと変わらぬ「罪人」としてを扱うのだ。

今も、そう、こうしてにはちっとも面白いと思えぬ犯罪者の絞首刑を態々見物させるのは、それでが嫌な思いをすればいいと、精神的な拷問である。

「ぼくも時々ドSだけどね。キミも対外サディストだと思うよ」
「犯罪者を甚振って何が悪いってんだ」

一切の容赦をしない男。正義のために、と掲げるその心が本心なのかどうなのかには分からぬことだが、少なくともこの男が権力に使えているという事実、忠誠心ははっきり分かる。

「大将赤犬がいなきゃお前なんざ即行で火炙りにしてやったのになぁ」

惜しそうに言い、椅子から身を乗り出しての頬を撫でる。優しい手つき、愛しい女を愛撫するかのようなもの、は目を細めた。本当に頭の良い男。他人を上手く騙している。なぜか、周囲にはスパンダムと仲が良いだとか、そういう風に思われている。だから割と頻繁にスパンダムがに「招待状」を送るのを、誰も咎めることがない。頭の良い、生き物。

「火はきらいだけど、その程度で死ねるぼくじゃ、ないよ」
「上等じゃねぇか。何度殺せば死ぬのか知れねぇが、お前ほどの罪人、一度の処刑であっさり死んでもらっちゃ、困る」

水責め、鉄の処女、おしゃべり女の仮面。様々な拷問道具なのか処刑道具なのか区別の付かぬ道具をあれこれ並び立て、楽しそうに目を細める。まるで少年がクリスマスの玩具を想像するような、弾んだ声。

自分を処する瞬間、この男はこの世のありとあらゆる者の頂点に君臨するとでも思っているのだろう。スパンダムにとって、暴力などに価値はない。それは自分の配下、手駒、部下が強く持っていればそれで事足りるもの。この男の欲するは、それを支配する力。何もかもを従える、影響力。
誰も手出しすることの許されぬパンドラを処罰できる、というのは天を駆ける竜でも出来ぬこと。さらにその上、神にでもなれば出来るのか、それはの知るところではないのだけれど。少なくともスパンダムはそれを求めている。

(かわいらしい、ねぇ)

はスパンダムを人間だと、心底思う。どうしようもないほどの、人間。だから、何の手出しもしないのかもしれない。この男、この、正義の塊デスと主張しながらも結局は正義ではなく、権力に仕えている信者、いずれ身をことごとく滅ぼすだろう。容易い想像。未来、世層、予想。
あれこれと策やらなにやらを練り込んで何事かを作り上げている。糸を引くのは構わぬが、その糸が自分を絡めとるかもしれぬこと、知らぬのだ。はそれが面白いと思う。どうしようもない生き物。放っておく。人が過ちを犯すのを黙って見ている、それが魔女の悪意というもの。許されるだろう。そういう、気安さ。

「できるんだったら、すればいいよ」

自分も十分Sだった、と、は浮かんで小さく笑う。いつかスパンダムは自分より先に死ぬ、それはまぁ、確実だが、それがどういうものなのか、きっと自分は見たいのだ。よくよく瞼に焼き付けて、指を刺して笑いたいのだ。気の毒に、と、優しい心が自分にあれば思ったろう。これなら単純に悪意、殺意、憎悪を向けられた方がまだよかったのに、と。

「なんなら今からどうだ?」

いつでも処刑台は用意できる、準備の良いことをアピール。はころころと声を立てて笑い、口の端を歪める。

「サカズキに電話してOKもらったらいいよ」
「そりゃ、無理だな。エニエスにバスター・コールかけられちまうじゃねぇか」
「平気だよ。ぼくに一切の傷を付けず、苦痛を与えず、ただ火にかけるだけなら」
「それじゃあ面白くもなんともねぇだろ」

つまらなさそうにはき捨てて、そのまま立ち上がるスパンダム。ふわり、と柔らかそうな髪が揺れた。はぼんやり見上げる。きっと取っ組み合いの喧嘩をしたら、自分とスパンダムは良い勝負だと思う。魔法やら悪意の類がなければとっても非力な自分、道力がいくつか知らないが、スパンダムと同じくらいだろうとは思う。
その自分たち、似ているとろがあるのだろう。お互い、純粋な力ではなく、第三者のその力を借りて己の盾としている、というところ。

先ほどスパンダムが赤犬がいなければ、とそう言ったのを思い出す。本当に、そうだ。
守られている、その事実。純粋な暴力から、であればドフラミンゴ一人で十分。けれど世界から、政府から、この世の正義から、赤犬は自分を守ってくれているのだ。ただの力ではどうしようもない、防げぬものを、『大将赤犬』が守ってくれている。

「……帰る」

ひょいっと、は椅子から飛び降りた。片手を振り、デッキブラシを握る。

「もうか?まだいろよ。あと三人、死体が残ってる」
「まだ生きてる犯罪者を死体でカウントするのはよくないよね」
「別にいいだろ。どうせ死ぬんだ」

どこぞの魔女のようなことを言う。なるほど、人に言われるとこういう気分になるのかとは学習し、苛立った心を消すようにデッキブラシを握り締めた。ぐいっと、回った手の爪が掌に食い込む。

「次はサカズキと来るよ」
「そりゃいい。大将赤犬の徹底主義は見習うべきモンだからな」
「仲良くなれそうだよねぇ。応援してるよ」

軽口、互いにどうしようもない生き物。はにへら、と社交辞令。この自分が!なんだか笑い出してこの紫の頭を蹴り上げたくなったが、それはそれ。賢いこの男、いろんなパイプを作ろうと常に頭を回転させている。あのサカズキがスパンダムの手駒、というか、コネになるのかは甚だ疑問だが、それでもその風景、見てみたいとは思う。傲慢と尊大、ぶつかり合えばどちらが強いものか。

ひょいっとデッキブラシに跨って、、スパンダムを見下ろす。紫の役人、もうに興味を失ったか何なのか、さっさとその場を離れて次の処刑の指示を飛ばしている。よく飽きぬものだと感心し、海軍本部へ柄を向けた。



Fin


 

(もう、届かなくなって久しい。あなたは何所に行くのですか)