「ありゃ、何これ。サカズキ、なに、暴れたの?こりゃあ」
「ねぇ、ぼく帰っていい?」
ガラガラと土埃を立てるその場所を眺めてクザンと、双方困ったように顔を見合わせた。サカズキに言われてクザンを呼びに行った、その後、こうして二人で仲良くサカズキの執務室にやってきたのだが、壁が綺麗に崩れている。
確かに、確かにサカズキともう一人の、先ほどかなり危ない雰囲気、ではあった。だが背の高いが魔力を全て喪っていることはサカズキだって気づけているだろうし、それを容赦なく蹴り飛ばした、ということがには驚きだった。
よほどサカズキを怒らせた、ということだろう。サカズキ、確かに殴る・蹴る・縛る、を平気でするドSだったが、しかし、乱暴なだけの男ではないのだ。全ての所業にはきちんと彼なりのロジックあってのもの。一般的に理不尽に見える行いにもそれなりの理由がある。だから、いくら空気読まない生き物相手とはいえ、ちょっとおちょくられたくらいでどうこうすることもないはず。それが、この状況。相当、サカズキの逆鱗に触れることを言ったらしい。
それが解り、、このまま回れ右をして部屋に戻ってしまいたかった。そのままベッドにもぐって眠りたい。夢を見るのはあまり好きではないけれど、激昂したサカズキの面前に出るよりマシである。
「ダメ。サカズキがマヂ切れしたら俺一人じゃ止めらんないでしょ」
「クザンくんが死ぬ気でとめればなんとかなるって信じてるよ」
「心にもないこと言わないでね、パン子ちゃん。ちょっと本気にしちゃうじゃないの」
「パン子ちゃん言わないで」
「パン子ちゃんが増えたって、ネタとしては面白いんだけどね。それ」
「増えたって、ぼくはキノコか何かか?」
ガラガラ崩れていく壁の音を聞きながら、クザンとそんな軽口の押収。それは普段どおりなのだが、お互いこれ以上先に進む足が重い。いやだなぁ、とどちらも同時に呟いて、ため息を吐く。
「とりあえず、もう一人のパン子ちゃん救出しないとね」
「このまま死んでくれればぼくは嬉しいのに」
うふふ、と小さく呟くとクザンがぎょっと目を開いた。
ひょっとして、怒ってるのか、とおっかなびっくり問われて「ちょっとね」と薄ら笑いで答えると、クザンの顔が若干ひきつった。そしてそのまま二人、瓦礫のところへ向かう。
「いやぁ、あっははは、容赦ないなァ、おい。普通だったら死ぬぞ、これ」
ガラガラと瓦礫をどかしながらどっかり体を起こしてニヤニヤ笑う、真っ赤な髪の大人びた顔の女性。「ありゃ、こりゃ悩殺ねーちゃん」とクザンがすかさず呟けば、隣のがデッキブラシで容赦なくその頭を引っぱたいた。
「そうだよね、普通は死ねるよね。なんで生きてるの、君」
「ふ、ふふふ、まぁあれだ。気合と根性」
本当に死ねばいいのに、とは眉を寄せた。サカズキを怒らせたのに悪びれる様子もない。それどころか心底楽しそうに笑う様子。自分とは違う笑顔には腹が立った。
しかし、魔力がないはずなのに、どうして彼女は無傷のままなのだろう。サカズキが手加減…いや、それはないと即座に否定し、首を傾げる。
「ひょっとして、きみ、強いの?」
「ふふ、受身くらい取れて当然だろう?」
きょとん、とは目を瞬かせた。Siiがよく話している。「一見はよく殴られているように見えてダメージを最小限にする避け方があるんだ!」とか、そういう話と同じだろうか。しかし、それがもう一人の自分に使えることが不思議だった。
「なんで?」
自分たちは怪我をしたって治るではないか。極端な話、足を切断されてもくっつけられる己の体。受身をとる必要があるとは思えない。するとパン子、オイオイ、と呆れたように笑った。
「俺はMじゃない。痛い思いなんぞごめんだ」
他人をいたぶるのは好きだが、と外道なことを言って立ち上がる。すらっと背の高い、女性。すたっとこちらに跳んで寄って、おや、と面白そうに笑う。
「でかすぎて逆に気付かなかった。クザン、お前こちらでもでかいんだなァ」
「なんか一人で納得してるところ悪いんだけど、ごめんね、俺は一般人だから。状況説明してくれる?」
「ふ、ふふふ、お前が一般人だなんて信じないぞ」
「魔女二人と比べたら見劣りしてしょうがないくらい、ただの人間だよ、俺は」
一応に「違う世界のぼくが来た」とそれだけ簡単に聞いてはいたが、しかし、こうして目の前にするまで実はあんまり信じていなかった。いや、が嘘を付く、とは思わないのだけれど、この世界ではない別の世界など存在すると考えたことがなかった。興味がない、というよりは、意味がないからだ。クザン、確かにのようなイレギュラーな存在であれば、別世界のこと、を知ってうんぬんかんぬんあるだろうが、しかし自分はあくまでただの人間。肩書き、能力を一般人だ、などというつもりはないが、しかし、ただの、人間なのである。別世界を知っても、考えても、どうということもなく、ならもっと他に考えることがあるのだ。そういうものだろう。
こうしてと、別の世界のだという、配色と顔立ちは確かにそっくりだったが、明らかに外見年齢の合わぬもう一人のを眺めてみて、これはひょっとするとちょっとまずい事態なんじゃないかと思う。
「で……結局なに、ほんとに、なのか?」
二人の暖色の髪の女性、そろって顔を見合せて、今更何をわかりきったことを言うのかと、そういう表情でうなづいた。
パン子さん奮闘記
その2
「趣味が悪いな」
我が物顔でのクローゼットを物色していた我らがパン子さん。地平線超えで持ってきた衣服は着ている一着のみである。しかも先ほどの、サカズキの蹴りで見事に吹っ飛んで、その服が所々擦り切れてしまった。もともと来ていたスカートはきれいにスリットが入って裂けてしまい、ここにパウリーがいればすかさずハレンチだ!と叫んだろう格好と化してしまい、さすがにそれはまずいとが眉を寄せた。まだサカズキの機嫌を伺うのが怖い、ということもあったのだけれど、まぁ、同じ人物には違いないのだし、この海軍本部に一般の女性(これを考えては物凄く違和感を覚えた。え、彼女が一般人?どんな冗談だ)の着れるような服のストックはない、ではが自分の持っている服を貸そうと、そういう流れになったわけである。ちなみにクザンは一人サカズキの執務室へそのまま向かっていった。てっきりもう少しパン子と話をしたがるかと思ったけれど、以外に彼、あっさり言ったのがには少し気になるが、それはそれ。
こちらはあくまで親切心で服を貸してやろう、というのにもう一人ののその反応。遠慮というものを持ち合わせていないらしい。は一瞬顔を引きつらせて、ベッドの上に腰掛けたまま肩を竦めた。
「ぼくの持ってる服、全部サカズキが用意してくれてるんだけど」
「情けない。男の用意した服しか着ないのか?ふ、ふふ、いっそみっともないとさえいえる。悲しいな、個性も主義もないのか」
「服装でイデオロギーを確立させるような生易しい生き物になった覚えはないよ。寒くなければなんでもいいんだ」
サカズキが選んだ服しか着ない、というわけでもないが、しかしパン子さんにそういわれると若干腹も立つ。確かに、人としてちょっと情けないと思わなくもないし、なんと言うか、え、バカか僕は、と思うときもたまにあったりはするのだけれど、所詮服など布を体に巻きつけているだけじゃあないかという原点。何でも構わないといえば構わない、ゆえの結果である。
「ふ、ふふ。それは洒落っ気のないつまらん生き物のいいわけだ。子女として生まれた以上、身なりを整えるのは義務だ。センスを磨くことは重要だぞ?生まれもっての美しさに胡坐をかくようなバカは世界一醜い生き物だ」
「熱心に着飾ることの何が楽しいのか理解できないね。本当にきれいなものは、その身の内から溢れ出るものだよ」
「それも真理だがな。まぁ、男に服を選んでもらってるのは情けないということだ」
ひょいひょいと、クローゼットの中のワンピースやシャツ、リボン、スカーフなどを乱暴に取り出してぽいぽいとその辺に投げる。中にはの気に入りの真っ赤なスカートなどもあり、これは文句を言っても道理なんじゃないかとぼんやり思う。まったく、何をしにきたのかまったく持って理解できないが、しかし、地平線越えなんてそう簡単にできるものでもなく、そして戻る、ということだって難しい。魔力も全て喪ったようだし、もし彼女が己の世界に戻るというのなら、その時はが協力することになるのだろう。だがその時はの首の封印をサカズキにどうにかしてもらわなければさすがに無理だろうし、サカカズキがを開放するとは到底思えない。ということは、結局暫く、このもう一人の己は堂々とここへ滞在することになるのだ。
「ねぇ、さっき海兵になるとか言っていたけど、本気?」
「おれは戯言は言うがな。たいていは本気で言っているつもりだ」
冗談にしか聞こえない言動が本気なら、それはそれで相当たちが悪いと即座には突っ込み、ため息を吐く。サカズキが、怒る。それは嫌だ。この生き物何を考えているのか。自分と同じあの王国の生き残り、世界の敵、罪悪の定義、であるのなら、海兵に、自分が悪であることで成り立つ正義の使者になろうだなんて、そんなバカなことは思いつかないはずだ。、確かに今から200年ほど前は、たった三日間だが、確かに海兵になった覚えもある。だがあの時はかなりのイレギュラーであったのだし、それはそれ、遠い昔、いろんなことあったよネ、という程度のものでしかない。
「なってどうするの」
「決まってる。やりたい放題するには一番都合がいいだろう。大将とも七武海とも知り合いでおかしくない設定だ。ふ、ふふふ、王道だろう?」
「うん、完全に海兵の本来の使命感とかないよね。キミのそんなただのご都合主義で海兵の名前を汚さないでほしいんだけど」
自分がこんなことを言う日が来るとは夢にも思わなかったが、海兵は本来海の、人の平和のために存在する誇り高い職業だ。このもう一人の自分のように、自分が好き勝手したいから入隊するなど、はなんだか、腹が立つ。
「ただサカズキのそばにいたいだけなら、別に海兵じゃなくてもいいでしょ」
「おれがいつあの男の傍にいたいなんて寒いことを言った。ふ、ふふ、ふ、ふふ、別にCP9でも王道といえば王道だろうがな、俺はそっけない黒服よりも軍服の方が似合うに決まっているだろう」
そんな理由で海兵になるんじゃない。心の底から罵りたくなったが、しかしはため息を吐いてそれをやり過ごした。その様子に気づいたらしいパン子はフン、と鼻をならしてふんぞり返る。
「おれの理由が悪いか?考えてもみろ、今のこの海でまともに志のある海兵なんてどれくらいいるものか。極端な狂信者まがいの正義か、私利私欲の輩ばかりだろう。それから比べれば俺の理由なんて可愛いものだ」
「T・ボーンがいるよ」
確かに海軍が本当に「正義ノミカタデス★」なんて集団でないことは内部にいるにもよくわかること。だがしかし、そんな中でだって誇れる消えぬ正義の光があると知っていた。反論するように名前を出せば、パン子がキョトン、と顔を幼くする。
「誰だ?それは」
「……知らないの?きみの世界にはいなかった?」
「さぁな。海兵か?おれはあまり海軍本部によりつかないしな。大将三人とG8の海兵くらいしか覚えがないぞ」
おや、とは首をかしげた。確かにに接触できる海兵は准将以上からと、それはずいぶんと昔からの約束事、ではあるのだから、このパン子とて同じだろうとは思う。しかしT・ボーンとの係り合いはサカズキと出会うよりももっと前からのもの。の中でとても重要な出会いであったからして、それがリンクしていないのは妙だった。
「なんでも一緒、っていうわけじゃないんだね。ひょっとして」
「だろうな。おれは自分のところのサカズキに服なんぞ贈られたことないぞ」
その話題をぶり返したいのか。
「それにしても、本部に寄り付かないって、それいいの?」
「ダメなのか」
「だってぼく、水の都に行く以外はサカズキがいいって言わないと外出かけられないよ」
「つくづく……情けないなお前…」
この女、一回ひっぱたいてやろうかとは本気で思った。しかし、なるほどやはり己と彼女、同じようで、しかし違うのだろうということがこれではっきりしたわけだ。は先ほどから、確かにこの長身の女性が別世界の己であると理解はできるのだけれど、といって共鳴するものがあまりなく、いや、共鳴していても、その波長が互いにわずかにずれていて、それが妙に気味が悪い。
エニエスのパンドラの体に戻ればそんなぎこちなさもなくなるのだろうかと考え、首をかしげていると、パン子がニヤニヤと笑った。
「まぁ、あれだ。そんな自由奔放素敵ムテキなこのおれだから、海の魔女だろうが世界の敵だろうが、海兵になる、と決めたらなるぞ。諦めろ」
きっぱりはっきりのたまって、パン子、長い腕を傲慢に組みながらを見下ろした。
(サカズキが怒るんだろうなぁ…)
見下されるのは心底気に入らないが、しかし、このKYな生き物に反論とかそういうものはするだけ無駄と知れている。自分とあまりに違う生き物、とはいえそれでも王国の魔術師だというのなら、サカズキがなんとかできるんじゃないかと、そんな期待もあった。
ただこれから、いや、本当に、サカズキが怒るんだろうと思えば知らず知らず、胃も痛くなってくる。
先日造反したサリューの膝にさっさと逃げ込んで、ドレークの隠し持っている胃薬でも強奪して来ようかと結構本気で考えた。
Fin