・インペルダウンでひたすらさんが甘やかされるっていうだけの話です。
ルクレイツィア
カチャカチャと運ばれる食器の重なる音。壁際に立ち並ぶ給仕たちの顔、それぞれ蒼白、女性給仕は今にも倒れそうなほど、真っ青になり、支える脚がカタカタと震えている。
そんな連中、始終お構いなしに、インペルダウン、署長室の長いテーブルに着く三人、テーブルマナーを重々承知したことを当然という様子でほとんど無音。ナイフとホークを動かしながら出された料理に手をつける。
「毒はいろいろあるがな、選択毒性を扱えるのが一番効果的だと思わねぇか」
ゆっくりと切り分けたポークソテーを口に運びながら、大柄な看守長の切り出し。たっぷりとソースのかかった豚肉はよく下ごしらえ、されている。ワインでできる限り肉を柔らかくし、東の海特有の豚の持つ臭みをハーブで消している。
今日この日のためにインペルダウンの料理長が何日もかけて仕込みをしていたことは知っているシリュウ。一言言ってやりゃあ良かった。そんなことは無意味だ、と。
ぴくり、と、列席した唯一の異性。少女が小指を動かした。一瞬嫌そうに顔をしかめ、ホークの先にあったソテーをそっと降ろして、シリュウの口をつけたワインと同じものの入っているグラスを手にとって微笑んでくる。シリュウは口に含んだワインを飲み干すのを止めた。
「毒のもともとの起源は生物、あるいは植物が身を守るために体内に抱いたものだって言うよね。なら毒は、元々は盾で剣だ。ボルジア家のカンタレラだって、政敵から己の野心を守るための防衛手段だよ」
しようのないことだよね、と、にこりと微笑んで言う、悪意の魔女。シリュウは飲んでいたワインをそっと、ナプキンに湿らせ、何事もなかったように畳んだ。
がポークソテーに再度ホークを差し、一口にし、もぐもぐとしっかり味を噛み締めてから飲み干した。そして優雅、とさえ言える微笑みを浮かべる。
「おしいね。シリュウ看守長」
「このワインも中々上物だな。悪意の魔女」
ふふふ、うふふふ、と、互いの不気味な笑い声だけが響く。
こんなやりとりばかりが食事の開始から繰り返されているもので、給仕たちがあまりの緊張感にバタバタ倒れていくのだが、それはシリュウの知ったことではない。
「食後酒はスズランの酒でもどうだ。このおれが注いでやるぞ」
「ふふふふふ、そういえばぼくお土産にクッキー焼いてきたんだけど、看守長にぜひ食べてもらいたいなぁ」
バッターン、と、また一人給仕が倒れた。「誰かタンカを!!」とかそんな叫ぶ声。バタバタと運ばれていく音を後ろに聞きながらシリュウは丁寧に口元を拭う。
「いい加減にしろ、お前たち。食事がまずくなるだろう」
そんな二人に耐えかねたのか、ついに、もう一人の参加者がため息交じりに呟いた。
「「毒入りの食事を当たり前のように食ってるお前が味とか言うな」」
しかし、、シリュウの容赦ない突っ込み。マゼランのため息が届かぬ位置にいるからこそ、さっと皿を下げることもしないで突っ込んでいるのである。マゼランは心外だ、と言わんばかりの顔をして己の皿のスープをすくった。
「おれはどくどくの実を食べた毒人間。毒の味もわかる美食家だ」
先ほどのマゼランの吐息ですっかり変色し、いかにも「毒入ってますよ!!?」という様子のスープをなんの臆面もなく飲み干す。
うわぁお、とは素直に顔を引きつらせ、シリュウはその強面に似合わず食欲がなくなったようで、そっと皿を遠ざけた。
しかしマゼランそんな二人の様子はお構いなし。さくさくと食事をすすめ、デザートさえきちんと食べてしまってから、口元をナプキンで丁寧に拭う。
「それで、。今回はどれ程滞在する予定なんだ」
そもそも、数年前赤犬サカズキにより「保留」の身分となった罪人、本来であればインペルダウンに近づくことはあってはならぬとそのはず。だが今回は特例中の特例で、暫くインペルダウンへ「客人」として滞在することとなった。
表には出さないが、マゼランの少し嬉しそうなこと、シリュウは吐き気がした。
インペルダウンを守るマゼラン署長。その正義の根底がこの魔女の最初の言葉だというから笑い飛ばしたくなる。そんなに魔女が好きなら署長権限で赤犬から引き離せばいいだろうと、そう言った次の瞬間普通に睨まれた記憶は新しい。
「サカズキが遠征から戻ってくるまでだから、サカズキの仕事の速度によるかな?簡単な仕事くらいなら手伝えると思うから、何かするよ?」
うーん、とは少し考えるように指を折ってみて、なんともはっきりしない答え。それで、ただ厄介になるにはいかぬと、その提案。シリュウは素直に、鼻で笑い飛ばした。
「っは。罪人に監獄の手伝いをさせるってのか?どんな冗談だ」
「シリュウ貴様、」
世界の敵、原罪を背負った世界一の咎人を、このインペルダウンに幽閉するのではなく、仕事を手伝わせるなどシリュウにはバカなこと、としか思えない。それで見下すように言えば、マゼランがたしなめるように名を呼んだ。
カチャン、と、食器の揺れる音。その中できょとん、とだけが幼い顔をして首を傾げた。
「頼まれてもシリュウ看守長の手伝いだけはしないから安心しなよ」
なんで上目線の発言なんだ、と突っ込むものは誰もいない。シリュウはピキッと額に青筋を立て、マゼランは再度溜息を吐いた。
◆
滞在五日目。看守長の部屋に現れた、インペルダウンの制服を着こんで、気まずそうに机に向かうシリュウを眺めてきた。
カリカリと書類の処理をしていたシリュウは暫く取り合わない気でいたのだが、軽く二時間経過してもドアの前で立ったままの。さすがに邪魔、というか、目についてしまう。
「……おれのところにゃ来ねぇんじゃなかったのか」
「い、いやぁ……あはははは。すいません、ここに置いてください」
ぽりぽり頬をかいて、、素直にぺこり、と頭を下げる。
「……他の連中の所はどうした」
だいたい予想はつくし、噂も耳に入ってきてはいるが、結局どうなのかとそこの確認。それにシリュウ、基本的に自分で見聞きしたもの以外は信用しない主義だ。
は「えーっと、あのねぇ」と言いにくそうに、というか、自分の名誉のために言いたくないと、そういう顔をしてぼかそうとするのだが、シリュウの「で?」と冷たく突き放す様子に観念したらしい。
「……追い出されちゃった」
えへ☆と困ったように笑う。この顔をマゼランやら例の七武海が見ればどんな反応をするのだろうかと脳裏で思いながら、自分はひたすら癇に障るだけのシリュウ。一度こめかみに手を当ててから、葉巻に火をつける。
「サルデスんところは?」
「ブルゴリ操る笛が面白いから吹いたら壁壊れちゃって」
「サディはどうした」
「どっちがドSかの張り合いしてたら囚人が死にかけちゃってマゼランくんのストップ入った」
「ハンニャバルのところなら楽だろう」
「ぼくに何かあったら責任とらなきゃいけないから嫌だってさ」
「ドミノはどうだった」
「「何もしないでください」ってはなっから言われて退屈だよ」
それぞれのところで一日はいたのだけれど、結局この五日目にどこにも行く場所がなくなり、ものすごくも不本意ながら、最後の手段、シリュウ看守長殿のところへ来たのである。
だって嫌だ。ものすごく嫌だ。何がどう転んでどうなれば、自分が、ドSというよりは外道のシリュウのお手伝いだなんて空寒いことをしなければならないのだろうか。
だがしかし、インペルダウンでただのお客様でいていいわけがないと、そういう自覚もにはある。
「何でおれがテメェを引き取らなきゃなんねぇんだ」
シリュウはフン、と鼻を鳴らして椅子にもたれかかった。ぎこり、と安楽椅子が軋む。その音を何度か鳴らしながら、を眺めて見た。
世界の敵、海の魔女、悪意の魔女と名高いこの少女がシリュウは大嫌いである。
やたらめったら周囲に甘やかされ、優遇され、しかもそれが当然という顔をしている子供。罪人だという定義は、まだシリュウには詳細の知らされていないことだけれど、しかし、屑である罪人が、当たり前のように生きていることが気に入らなかった。
「……おれぁ、お前を甘やかさねぇぞ」
「どっちかっていうと、シリュウ看守長に甘やかされたら怖くて泣けるね」
「減らず口を叩くな」
ぴしり、と言ってシリュウは一度の格好をゆっくりと眺めた。インペルダウン、女性職員用の制服をきっちりと着こんではいる。だが何かが足りない。
「帽子はどうした」
「薔薇が隠れるから被ってないよ」
「ふざけてんのか」
の左耳の上にはいつも真っ赤なバラの飾りが付いている。生花らしいが、枯れぬらしい。魔女の悪意は植物の時間を簡単に奪うものかとさめざめ思いながら、シリュウは立ち上がり、扉の前のにつかつかと進むと、その薔薇の髪飾りをぐしゃり、と握り潰した。
「……」
さすがにこれには、普段ひょうひょうとしている悪意の魔女も驚いたらしい。信じられぬ、というように眼を大きく見開き、リシュウを見上げてくる。
その真っ青な目を受けながら、シリュウは吐き捨てる。
「テメェを甘やかすつもりはねぇと言ったはずだ。おれの配下になるってんなら、ちゃらついた格好なんてすんじゃねぇ」
握りつぶした薔薇を足下に落とし、そのまま靴で踏みつける。真赤なバラがぐちゃぐちゃになった。いっそこのガキの頭もこうして踏みつぶしてやればすっきりするものかと頭に浮かんだが、次の瞬間、がキッ、と、シリュウを睨みつけてきた。
「なんだ?」
反抗するなら、好都合。特例だか何だか知らないが、それでもが罪人である事実はある。それを理由にこのまま最下層に叩きこんでやってもいい。
なんなら切って捨ててやろうかと、そんなことを考えたシリュウ、次の瞬間、彼にしては珍しく、ぎょっと目を見開いた。
「……お、おい」
反抗的にシリュウを睨みつける、そのの顔、というか、その眼尻。
うっすらと涙が浮かんでいる。しかしそれなのに顔はどこまでも悔しそう、歯をぎりっとくいしばって、けれど何も言わない。握った拳をわなわなとふるわせているだけの、姿。
思わずシリュウが戸惑うように声をかければ、ぽろぽろとが大粒の涙を流し始めた。
さて、ここで改めて振り返ってみよう。シリュウ、別に悪いことは何もしていない。真面目に働きたいというのであれば、服装身なりをきちんとするのは当然のこと。ちゃらついた装飾品など持ってのほか。それをとがめただけである。
だがしかし、いくら外道だ非道だと言われているシリュウ看守長も人の子である。
たぶん。
いや、一応。それで、年端もいかぬ小さな子供(外見は)に「自分が何かした→泣かれた」という構図は、普通に動揺する。
というよりは、の素質の一つなのだろう。その幼い、どこまでもあどけない少女の外見、見る者の憐憫と保護欲をそそる様子は、どんな悪党外道も逃げられない。
もっと細かく言ってしまえば、誰からも憎まれる義務を持ち、しかし何からも守られる権利を持った“世界の敵”のオプションでもある。
と、まぁ今はそんなことはどうでもいい。ただ、いくらシリュウでもその「流れ」には逆らえなかったよう、ぽろぽろと涙を流しながら、それでも「ひっく」と嗚咽を噛み締めて何とか耐えようとしているそのの頭をおろおろと見降ろし、どうしたものかとぐるぐる悩んだ。
「看守長、ここにが、」
そこにばったり、ノックもせずに入ってきたハンニャバル。
あ。
と短い声を発して、泣いていると、おろおろとしているシリュウを見、バタン、と扉を閉めた。
そして廊下を走る音と、叫ぶ声。
「シリュウ看守長がを泣かせた〜〜〜〜!!!!幼女に手を出した!!!!!」
やいのやいの、と叫んで回る気。ぶじっ、と、シリュウの額に浮かんだ血管が切れた。
「待て!!!ハンニャバル貴様たたッ切られてぇのか!!!!!」
机に立てかけてあった刀を握りしめ、部屋を飛び出したリシュウ。
から離れられて若干ほっとする心はさておき、中々本気で、ハンニャバルを追いかけた。
◆
「いじめっ子」
「鬼ですね」
「外道ね。ん〜」
「人でなしだな」
一日の報告を兼ねた各所の長達の会議にて、マゼランが来るまで軽い雑談やらのはずの短い時間。どっかりシリュウが着席するなりぼそぼそっと囁かれる、謗り。
最初は無視していたシリュウだったが、先ほどズタボコにしたハンニャバルがぼそっと「ロリコン」とほざいた言葉には、素直にキレた。
「待て!!なんだお前ら!!おれが悪いというのか!?」
ガタン、と椅子を倒して立ち上がり、憤慨してみせてもサルデス、ドミノ、サディ、ハンニャバルの四人、そんな顔も空気も慣れている、とばかりにさほどもおびえない。
「どう考えても看守長が悪いです。ですよね、サディちゃん」
「ん〜〜、ちゃんの泣き顔もたまんない〜〜!!でも、看守長が悪いと思うわ〜」
それどころか堂々と面と向かって吐かれる女性人二人の避難。いや、別にどうということもないのだが、なんだかたじっと、シリュウ、後ろに下がってしまった。
「おれは間違ったことは言っていないし、してねぇぞ」
「女性の髪飾りを破壊した上に足蹴にするとは、非道です。世の罪にならずとも、男性として最低の行動です。はっきり言って、殿方のすることではありません」
そこまで言うか!?
男失格とさえいわれてシリュウ顔を引きつらせるが、ちょうど良いタイミングでマゼランが入ってきた。
それで空気も一気に真面目なものへと変わる。
そしてマゼラン、着席するなりまじめな顔で一言。
「おいシリュウ、ちょっと全裸でレベル4に行って来い」
「貴様もか!!マゼラン!!」
インペルダウンにおいて、たとえが世界の敵だろうがなんだろうが、そんなことはどうでもいいもの。
むしろシリュウの知らぬ間でいろいろ同盟やら何やらが結ばれている。
その名も「に手だし、ぬけがけ禁止同盟」とかそんなもの。
要するに、シリュウが「甘やかしているんじゃねぇか」と感じているへの各々の対応。
甘やかしているんじゃねぇかという疑惑ではない。むしろ、甘やかしまくっている、事実がしっかりある。
皆が大好きだ。そしてできれば傍で仕事を手伝ってほしいけれど、インペルダウンでの仕事は常に危険が伴うもの。それで追いだして、が諦めてくれるのを待っていた。(というか、みんなで結託。それぞれ血を飲むような思いだったという)
さて、そんなことはどうでもいいのだが(シリュウ的に)いつの間にか「え、お前ら何言ってんの」と突っ込むこともできない状況になっているらしいことは理解した。だがそれで諦めては雨のシリュウの名が泣く。(関係ない)
ぐっと手のひらを握りしめて一度ゴツン、と乱暴に円卓に打ちつけてから、大声でどなり散らした。
「相手は罪人、魔女だろう!解って甘やかしてんのか!!?」
「「「「「可愛いからつい」」」」」
きれいに重なる五人の声。ぶじっと、シリュウの血管が本日何度目かのぶち切れを起こした。
Fin
まぁ、ぐだぐだと。