『何が起きてるんだ?』
普段だらけ切った男の、真剣な言葉に全てを吐き出してしまうのは容易かった。だが、ここで己が折れれば、これまでの全てが無駄になる。ただ耐え切れぬ苦しみがあると、それだけのこと。そんなことのために、諦めるわけにはいかなかった。
がデュエスの造反を知れば、どう行動をとるのかなどわかっていた。止めることは出来ないと、それもわかっていた。だからなるべく情報を与えぬように、これまで以上に気を配った。元々あれに余計な話が入らぬように、細心の注意は払っていた。与えられた水だけを有り難そうにそろそろと飲む切花のような扱い、それでも、盲目だと嘯くような、だった。何か知られてはならぬことがあるのだろうとぼんやりにわかっているだろうに、それを暴かぬ、はそういう生き物だった。そこにサカズキへの気遣いなどはない。それを、当然だと。あれは、そう扱われるべきだと、思っているからだ。それ以上のものなどはない。しかし、それでよかった。そうでなければならなかった。
エニエスの責任者が余計なことを言ったことは、もうどうでもいい。過ぎたこと、どうしようもないと割り切れる。だが、やはりが行った事実はサカズキを少なからず動揺させた。どうなるかわかっているのに、は行った。
わかっていたのだ。悲しむだろう。嘆くだろう。そして突きつけられるだろう、X・ドレークの道を。そしてあの男の道理を、突きつけられる。それで納得するのなら苦労はしない。納得せず、強硬手段に出る。サカズキ、がドレークの元で「悪意」を振るった瞬間、それを感じ取った。冬薔薇の刻印、知れぬことなどない。
ドレーク一人の造反程度なら、どうでもよい。だが、違う。ドレークには、あの女海兵が伴っていた。連れて行けばよいものを、あの男は、あの馬鹿は置いていった。それが、サカズキには気に入らなかった。造反、大将としての感慨であれば十分憤る。だが、それにサリューを、レルヴェ・サリューを伴っていれば、その憤りだけだった。
それに付随して、明らかな憎悪が芽生えた。X・ドレークに対し、そして、レルヴェ・サリューに対し。
あの女海兵が悲しめば、嘆けば、は「なんとか」しようとするだろう。どうしようもないことを、どうにかしようとする。できぬのに。あれに、そんな力はない。どれほど声を張り上げたところで、どれほど力を持っていたところで、あれは、他人に影響を与えることなど、できぬようになっている。それを知っているのに、それでもは、どうにかしようと、そうするのだ。
そして、やはりどうしようもなく、帰ってきた。クザンが連れ戻したが、いや、恐らく、自分で帰ってきただろう。殺して来い、と言えば殺しただろうが、あれは殺さない。本人にそのつもりがなくても、はドレークを殺せなかっただろう。あの女海兵への遠慮な心遣いなどではなく、ただ、あの男が能力者、であるからだ。それだけ。それも、は知らぬ。どうしようも、ないのに。
突きつけられたドレークの道、あの女海兵を追随させぬその心、その、真理をあれが理解することはないだろう。だが、これで石は投げられた。400年、歪むことのなかった水面に、投げ込まれた小さな白い石。
「……」
サカズキはクザンを追い払って暫く、机の前を行ったり、着たり、とおおよそ合理主義の彼らしからぬ「無駄」な動作をした。時計の針の音がする。歩きながらも脳裏に過ぎる、もう随分昔の記憶。まだ己が准将ですらなかった頃の記憶。古井戸の中。湿った水、折り重なって死んでいた双子の赤ん坊。
だんっ、と、壁を殴った。加減をわきまえぬ、本気の拳は防護壁をぱらぱらと打ち砕く。その手を押さえ、サカズキ、脣を噛み締めた。
(やるんだったら、徹底的に、だ)
己に言い聞かせる。そうでなければ、もう、どうしようもない。
それが最期でも
「ここにX・ドレークの造反理由がある」
くれてやる、というのはいささか恩着せがましすぎるもの。そうとは言わず、ただすっと、差し出された黒い封筒に丁寧に包まれている、報告書。どういうつもりか、これまでの会話の流れ、サカズキの内心気付けぬサリューではない。
これをやるから、から手を引けと、そういうことだ。
執務室に呼び出された。と戻った青雉の負傷具合は医者に任せたので問題はないが、しかし、このタイミングでサカズキに呼び出されること、良いことではないと誰でも検討づく。
そして部屋に入るなり、この一言。
一瞬、わけのわからぬ、妙な苛立ちが湧き上がった。何故か、見当はつくようでつかぬ。己とドレークの間のことを、いかに大将とはいえ関与することを不快に思ったか、それともドレークの問題との問題を一緒くたにされたことか、あるいは、天秤に掛けられたような、不信感か。正しい言葉が思い浮かばぬ。だが、妙な、苛立ちだ。
「あなたは……知っていたのですか」
その言葉、問うにはあまりにも危険すぎた。“赤旗”X・ドレークの造反は海軍本部の内部でさえ未だ「何故」と疑問に思われていること。それを直接の上司であるさ大将赤犬が予期していたのかなど、聞いてはならぬ。しかし一度口をついて出てしまった言葉は取り返せぬ道理。吐いた息がふわりと虚空に消えて霧散するより先に、サカズキの眦が奇妙に、歪んだ。帽子とフードに隠れて見えぬはずが、サリュー、かすかな空気の振動を敏感に肌で悟ったかのように、知れる。どうも己、この大将殿と対峙している最中は常以上に気も張り詰めるらしい。
「眼を掛けている部下の思考程度、読めずにどうする」
すっと、目が細められた。びりりと肌を突き刺す、微かな覇気。肯定されてしまった。その言葉の吐き出された瞬間、サリューは全身が震えだしそうになるのを何とか堪える。肯定、した。否定するのが道理だろう言葉、を、あっさりと。
ぎしり、とサカズキが椅子に背を預けた。軋む音。きこり、と、その気になれば何の物音も立てずにいられるだろうに、この海兵は己の動作を音で現す。
「申し訳ありませんが、お断り致します」
「必要ないと?あれほど想いあっていたと妄信していたのだろう?相手を、理解したいとは思わないか」
「……知ったところで、私の今後は変わりません」
ほう、と、サカズキが興味深そうに目を細めてサリューに視線を向けてきた。先ほどまでの、いや、これまで、サカズキがサリューに向けていた視線ではない。がらりと、まるで反転している、目。鋭いことに変わりはないが、何かが、変わった。
その変化、気付き。意味などわからぬが、なぜか、ぐっと、背筋を伸ばした。
確かにサリュー、知らぬ。ドレークが、あの人が何を考え、何を思い、何を見据えているのか。知らぬ。何も語ってはくれなかった。何もかもを自分だけで背負う人だった。それはわかっている。だからこそにサリューは、あのひとのつるぎになりたかった。しかし、置いていかれたのだ。なぜと、思わぬわけではない。だが、泣いて過ごすだけの生き物でも、もうないのだ。
目を伏せ一度、まぶたの裏に蘇る、姿。大きな体、大きな手。意思の強い眼が己の姿を映し、名を呼ぶたびに、どれ程の強さと信頼が己の中から湧き出たことか。時折照れくさそうに笑い、に無理矢理渡されたらしい白い花をそっと、髪に刺してくれた、あの優しい指先のその、全ての、あのひとの優しさ、強さ、気高さ、そして、慈しんでくれた心を、己は覚えている。
「ディエスの後を追わんのか」
追え、とさえ言っているように聞こえる。出て行けと、海軍から出ろと、そう言っているように聞こえる。サリューの造反を唆す、まさか、海軍本部の大将が。それほどまでにから己を退けたいのかと、呆れる反面、いや、と、何かその、言葉の奥のさらに奥深くに潜む、この海兵の闇の響き。
それが何なのかわからぬが、しかし、今サリューがサカズキに告げることはわかっていた。
「強く、なります」
一言、ただ、言葉にすればそれだけ。だが、重い、想い。
一人きりの夜を越え、白らずむ明けをひっそりと恐れた。ああ、あ、あ、朝が来る。となりにあのひとのいない朝が、容赦なくやってくる。夕日、一日の終わりを恐れた。あのひとのいない日が一日終わってしまった。そして、夜を恐れた。抱きしめる力強い腕、頭を撫でる手の、ない夜を恐れた。恐怖に押しつぶされる己を、恐れた。
しかし、それはない。もう、ない。いや、完全な恐れの回避などできぬ。恐らくどれほどの強さを誇ったところで、そんなことは不可能だろう。それでも決意した。強くなろうと、強く、なるのだと、そう、決めた。
「今よりも、もっともっと、私は強くなります」
一言一言、言葉を区切る。決めたこと、そうあるべきと、見据えた、己。
「ドレーク少将の事実を知っても、知らずとも、今後、私のやるべきことに変わりはありません」
だから、これは必要ないのだと黒い封書を辞退する。知って、あのひとを理解できるとしても、隣に立てるわけではない。背を追うことが、できるわけでもない。今こうして赤犬の薦めに従い海軍を辞したところで、あのひとは、ドレークは、民間人となった己をどこかの島に預けて去るだろう。サリューが全てを知っていても。共有させてはくれぬだろう。
それでは意味がない。そんなものを、欲しいとは思わない。
「わたしには、わたしの道があります」
暫く掛かった。時間にすれば短いものかもしれないが、しかし、本当は、もっと早く、己は気付けたはずなのだ。遠回りをしてしまった。
晴れ晴れとした顔で言い切ると、赤犬が顔を伏せた。きっぱりと宣言したサリューにもはや迷いなどはない。から離れろという言葉を聞き入れるつもりがないことすら、解るだろう。そして、サリューのその道、のこと、ドレークのことで、どうこうできるものでも、もうない。己の決めたこと、全ての意思はサリューのもの。
意思の強い生き物は、同じく意思の強いものを尊重する傾向がある。サカズキも、そうなのか。溜息をひとつ吐かれた。そして机の上に出された黒い封書を取り、ぱちん、と指を鳴らす。ジュッ、と一瞬で燃え尽き、塵も残さない。
サカズキは何も言わず、そのまま椅子から立ち上がった。物音も立てず、サリューに近付き、見下ろす。真っ直ぐな、赤い眼。こんなに近くでこの男の顔をみたことがなかった。畏まるべきである、己の地位、サカズキの地位を考えれば容易く解るもの。しかし、身を引くことが出来なかった。
海軍本部最高戦力、その男から発せられる覇気、押さえつけられているのだと後に理解する。
このひとを、怖ろしいとサリューは思う。力、に対する畏怖ではない。その、存在をサリューは恐れた。この男は、真っ直ぐに全てを射抜く。何もかも、そのまた先のその先まで、委細承知で、己の信念を貫く。ゆるぎない、のだ。その姿勢が、サリューを慄かせる。なぜかを気付けぬ頃からの恐れ、今はもう、解る。
(浮き彫りにされる。どれほどに世界を凍えつかせ埋めたところで、容赦なく雪を溶かしその下の全てを暴く、太陽のような、苛烈さを持って)
何か問われれば答えなければと口を開く道理が出来て、この呪縛から脱出できるだろう。だが言わぬ。何も言わず、ただサカズキはじっと、サリューを見下ろす。視線を逸らせず、サリューもその琥珀の瞳を返した。
脅しの類をするようなひとではない。だが、のためならば手段を選ばぬひとである。黒い封書が役に立たぬとなれば、何か他の手でも打ってくるだろう。サリューとを引き離す、策。知略家でも知られる赤犬であれば、万の手を繰り出してくるように思われた。
だが、どのような手で来てもサリューは首を縦には振らぬと、その、瞳に込めて見返す。
ドレークを、は殺そうとした。ただサリューを、己を置いていったというそれだけだ。その事実、その、根底にどんな感情が含まれているのか、それはサリューには知れぬ。だがを、それでもサリューは突き放せない。
あの子の中で段々と、雪のようにサリューの存在が積もり、身動きを取れなくしてしまうのだとしても、置いていけない。迷い子の眼をしたあの子を、恐れて退けることなど、できない。
サカズキが、この、男が何を思い、何を貫こうとしているのかサリューには解らなかった。を守ろうとはしているのだろう。だが、サカズキはを殴るのだ。再生するとはいえ、「なかったこと」になるとはいえ、痛みはあるだろうを、容赦なく、蹴りつける。その事実を、サリューは容認できなかった。だが、己以外、の傍に近づける人間、サリュー意外の全てがそれを「道理」としているのだ。
そんな中に、彼女を放り投げることなど、できない。
強くなると決めた心。剣術、肉体だけではない。それは時を重ねればおのずと身に付くものでもある。その確信ももある。だが、心はそうではない。そうなろうと決めなければならぬもの。強く、強く、あろうと、決めた。
ドレークの傍らに立つために。
(その強さ、己の保身の為にを見捨てることなど、許しはしない)
無礼を承知で見詰め返す。全てを暴かれるかのように、目を細められ、見詰められる。何もかもを、すべて知っているのではないかと、思わされる眼。堪えようと奥歯を噛み締めたところで、変化のなかったサカズキの唇が動く。
「を、頼む」
一言、呟かれた言葉。はっとして、サリューは目を見開いた。
言われた言葉の、あまりにも、予期せぬこと。てっきり何か、酷いことを(それが何なのか見当は付かないが)言われるのだろうと覚悟していた。それを跳ね返すだけの強さを持とうと心を鋼のようにしようとさえした、だが、今呟かれた言葉、声音、鋭利さの欠片もない、もの。
「大将赤犬、」
「あれの声が、限りなく遠くなる」
こちらの言葉を遮って、サカズキは続ける。いずれ、必ずそうなる日が来ると、赤犬は呟く。夜が、夜が、やってくる。どうしようもなく、なってしまう夜がくる、と、そう言う。
サリューとは違う意味で、が“夜”を恐れることを、サリューは知っていた。だからこそ、赤犬は態々軍の科学者に消えぬ、しかし炎ではないランプを作らせ部屋に煌々と明りを灯していた。
だが今サカズキの言う「夜」は、はたして言葉通りのものなのだろうか。
「死なせるな、サリュー」
その言葉、響きは命令のものではなかった。階級もつけられず、ただ、頼まれると、それだけ。
真っ直ぐに、赤犬がサリューを見詰めた。これまで向けられた鋭い視線、ではない。偶然目の前を通り過ぎた白鳩に一縷の望みを託す、耐え切れぬ苦しみを背負い、それでも諦めぬかのような、目。
行き過ぎた正義の体現者、徹底主義者、絶対正義、あらゆるものを打ち砕く強さを持った、海軍本部赤犬サカズキの、まるで咎人のような、眼。
唐突に思い当たる。以前、青雉が言っていた、と、能力者の「飢餓」のこと。自然系、肉食の動物系はを必ず「求める」と。その、理由、何故かわからなかった。なぜ自然系と肉食の動物系のみなのか。超人系ではならぬのか、わからなかった。そして何故、を「求める」のか、それも、わからなかった。
だが、思い当たった。悟った、そして、思う。
(だとすれば、わたしの存在は、彼女にとって)
夜が来る。飢餓。ただ一人の少女を求める、“男”の欲。悪魔の侵食が進むたび、海に疎まれ拒絶された魔女は、何を見、何を思うのだろう、行き着く先の、容易さ。
(それが、世界の産声だというのか……)
惹かれあうこと事態、危ういとはわかっていて、それでもなお、離れられない。
耳を欹てても、声を枯らしても、目を見張っていても、もう、どうすることも、できない。いや、どうにかすることは、できていたのだ。悪魔の全てから、長い間、守られてきたのだ。だからこそ、今でもはここに存在している。
それが、しかし、もう、どうしようも、なくなっているのか。
(己の存在、己の、所業により。悪魔の産声より高く、低く、魔女の悪意に、響いた)
理解、する。悟る、気付く。全ての、ピース。鏤められた、誰にも理解できぬ、理不尽極まりない、サカズキの行動、その、真理。真っ直ぐに貫かれた、正義”は。
「愛して、いるのですね……?」
ぼんやりと、理解はしていた。サカズキがを愛していること。だが声に出すことはこれまで一度もなかった。それを告げるときは嗜める意味でだろうと思っていた。だが、今は、ただ呆然と、呟く。
「……」
赤犬は、頷きもしなかった。だが、その眼が、僅かに変化した。それだけで十分だ。それだけで、サリュー、耐え切れぬ。
が、あの子供が“女”になる瞬間。全てが終わる。夜が、夜が、やってくる。
少女が白いキャンバスに描いた幻想、永遠に紡がれてきた、魔女と悪魔の“絆”をほころばせることは、できなかった。
あまりにも、あまりにも、かなしい形。
そしてそれでもまだ、サリューに「頼む」と、託す。その、心。サリューには、理解できぬほどの、ものだった。
†
「サリュー……?」
赤犬の執務室から辞して、廊下を少し歩いたところで、壁際にしゃがみ込んでいたが顔を上げた。待って、いたらしい。不安そうな心持、泣き出しそうな面相をして、それでも、サリューを見て、笑う。
心が張り裂けそうだ。どくん、と、高鳴った心臓をぎゅっと手で押さえ、サリューはに微笑みかける。それを受けて、が眉を寄せた。とてとてと小さな足音を立てて近付く。
「サリュー、サリュー……?へいき?ねぇ、サカズキに、酷いこと、言われたの?」
案じる眼、案じる声。今にも、崩れてしまいそうな、顔。おろおろとサリューを見上げ、おっかなびっくり、手を伸ばす。けれど、触れては来ない。おずおずと僅かに、頬に触れそうだった手は触れる間際にびくり、と、引っ込められる。その手を、サリューは掴んだ。
か細い悲鳴が、どちらのものとは知れず、喉からこぼれる。が膝を崩してその場にしゃがみ込み、サリューはその小さな体を抱きしめた。震える、かたかたと、震えている、瞼。
「……ごめんなさい」
ゆっくりと、サリューの脣が言葉を作る。随分と久しぶりに使う単語。いや、謝罪ならする。申し訳ありません、すまない、など、使う類の言葉ではある。だがこの、六文字を使ったのは、そういえばいつが最後だっただろう。幼い娘のように、しようもないことを、しようもないと、認めて、しまえぬ。理不尽さを受け入れられぬ、己の融通の聞かなさを自覚し、それでも道理を拒絶する、少女ではない、しかし、女性でもない、あやふやな年齢の娘のような、言葉。
「ごめんなさい……」
「謝らないで…、ねぇ、どうしたの?サリュー、ねぇ、ね、サカズキが、何かしたの?どうしてそんな、顔、するの……?」
知ってしまった。気付いて、しまった。もう、知らぬ前、気付かぬ前には、戻れない。脅え覚えてしようのない子供、をぎゅっと、強く抱きしめながら、サリューは遥か遠い海にいる、ドレークを想う。
(思えば、あのひとも“そう”だったのだろうか)
ドレークとの当初の出会いを、サリューは知らぬ。自分がドレークの部下になった時、既にとドレークは出会っていた。まだ中佐に過ぎぬドレークがなぜと接触できていたのかは知らないが、はドレークを見つけては高いところから勢いをつけて蹴り飛ばしていた。楽しそう、な様子だった。しかし、思い出せばその時のドレークの目は、迷惑そうにしながら、そして時々本気で泣きそうになりながら、その眼、深い愛情が含まれていなかったか。
(あぁ、私もこの子を置いてゆく)
それを、選ぶのだ。そうしなければならない。それをがどれほど嘆こうと、そうするしか、ない。そうなければ、この子は。
誰も彼もが、彼女を置いて老いて逝く。それは悲劇、などではなかった。非情、ではなかった。深い。深い、あまりにも、悲しい、愛だ。
愛しいと抱きとめた腕を、突き放す。それでしか、守れない。
そうしなければ、彼女、この世界から消えてしまう。
Fin
補足:サカズキさんがさんを殴る・蹴るをするのは、さんがサカズキを嫌いになるように、です。憎まれて、嫌われて、脅えられて、それでいいと思っているみたいです。じゃないと、死んでしまいますから。優しくして、さんが自分を好きになったりしたら、取り返しが付かないからです。
あとがき
サカズキさんの苦しみを、決意を、その真意を誰か「知って」くれるなら、それは絶対にサリュー嬢がいいといつも思っていました。
共演でここまでやっていいのかおっかなびっくりですが…悔いってなんですか?←完全開き直り。