睡蓮






 

ぼんやりとソファに寝転んでトカゲ、ふわりと手のひらからこぼれる花弁を眺めた。まっ白い、しかし先が微かに黄色の花。スイレン。確か極楽浄土の池に浮かぶ花の代表らしく、荘厳さは類を見ぬのだと以前誰かが言っていた。しかし極楽浄土の池の下はそのまま地獄へ通じていて、朝池の近くで優雅な散歩を楽しむ仏連中がさめざめと水面下を眺めてはやれあの罪人はどうだのとひそやかに言葉を交わすらしい。

(であれば。インペルダウンのある海底の、海上にあったという島は極楽浄土か何か、か)

そっと息を吐いて目を伏せる。はらはらと花のにおい。普段の薔薇ほどの強いものではないのがトカゲの神経に少しだけ障る。まぁ、それはどうでもいいといえば、どうでもよかった。

さんざん騒がしかったインペルダウン5、5番地のホール内。今はトカゲ以外誰もおらず無人、ひっそりと静まり返っていた。と、いって、別に全員が死亡したわけでも自首したわけでもなくて、簡単な話。

今もこちらに響いてくる、大声援。

ホールからボン・クレーが走り去った後、いったい彼が何をしているのかと興味しんしんで覗きに行った連中によれば、あの男(オカマ)解毒の荒療治に苦しむルフィへ、己の体への負担も顧みずに声援を送っている真っ最中だそうだ。一言叫ぶ度に、ボン・クレーの身とて大変消耗するだろう。まだまだ安静にしていなければならぬはずが、しかし、ルフィのために声を張り上げる。

はじめはあきれて見ていたインペルダウンの連中も、いつしか、ボン・クレーとともにルフィへ声援を送るようになってきた。それが一人、二人、三人、四人と増えていき。しまいにはこの隠された場所に逃げ込んだ囚人全員がルフィのために声を上げるという事態になった。

無駄なこと、とはトカゲは思わない。だが己がそうしよう、という心はなかった。

それでぼんやり雪洞、ソファに寝転がってうたたね気分。こうしてゆっくりゆっくりと時を過ごしているさなかにも、魔女の悪意は海を巡り、そしてあの少女の声が遠のいて行くのだろうとは思う。だが、トカゲがこれからできることなど限られていて、その中で「おれって最強」だなんて冗談めかして言いながら、トカゲは、おのれのやるべきと思うことをするだけである。

ふわり、とあくびをして時計を眺めた。

あれから7時間。さて、エースはもう連れていかれたのだろうか。
それなら、まずはルフィの負けであると、そういうこと。


Fin


 

短い話