てくてくと町を歩きながら、とりあえず食堂でも見つけて腹ごなしをしようと思っていたのだけれど、ウソップ、あたりを見渡す。この町、妙だ。何がおかしいのかわからないのが、妙なのである。
「なぁ、オイ、ルフィ」
「あ?なんだ、ウソップ」
その不安を一緒に歩く仲間に言おうと口を開いたが、横にいるルフィの顔を見て黙る。だめだ、この、緊張感とか警戒心とかから程遠いヤツに、この繊細な気配がわかるわけねぇんだ……と、あきらめる。
こんなことなら自分も船番か、さもなきゃこういう「なんかやばそう」な空気を察知するのが上手いナミと一緒にいればよかったと後悔する。いや、確かにルフィは強い、そりゃあもうベラボーに強いのだけれど、なんというか、ダメなところもある。
「いや、なんでもねぇ」
「そうか?それにしてもねぇなー、メシ屋」
がっくり肩を落とし歩くウソップを不思議そうに一瞥し、ルフィはあたりを見渡した。そういえばと、ウソップも改めて町を眺める。いくら小さな町とはいえ、人が集団で暮らす場所なのだから外食できる場所くらいあるだろう。ウソップの生まれ育ったシロップ村だって小さいが酒場などもあった。飲食店のみを探していたが、よく見てみればこの町、「店」がない。全て住居だ。広場らしい場所もなく、ただ入りえから少しはなれた場所に、住居が並んでいると、そういう、それは町になるのだろうか。
「おい……おかしいぜ、この町」
「あぁ、メシ屋がないなんておれぁどこでメシ食えばいいんだ!」
「ってそっちじゃねぇよ!!」
すぱこーんと突っ込みを入れて、ウソップは声を顰める。
「妙だって言ってんだよ。この町!一軒の店もねぇ、と言って家の作りなんかからみても農業をやってるわけにも見えねぇのに、どうやって生活できるんだ?!」
シロップ村は農耕で生活を支えているわけではなかったが、六割の家が農業を営んでいた。だからウソップ、よく知っている。農業を営む家には必要になるはずの道具などが、この町の家の外には一つも出されていない。極端に綺麗好きな町であるという可能性もあるので、家の中においている、ということも確かにないわけではないが。しかし、そんなことがあるだろうか。
「ナミを探して、いったん船に戻ろうぜ、ルフィ」
「えー!!?メシは!?」
「んなもの後だ!何かあったらどーすんだよ!」
「おれァ平気だぞ」
「お前はな!!俺はどーすんだよ!!」
ただの違和感だけで、何がどう危ないのかわからないが、しかし、今自分たちは海賊を名乗っている。海賊は縛り首、罪状がなくともこの大海賊時代にそれを名乗るだけでもう法の外の荒くれ者になるのだ。出来る限り危険は回避するに越したことはない。
「とりあえずナミを探すぞ!」
夜
ひょいっと、物陰に隠れてはあたりの様子を窺った。追ってきた連中は無事にまけたらしい。こういう細かい行動はあまり得意ではないのだけれど、しかし、かくれんぼ、追いかけっこには定評がある。何しろ400年逃げ回ってきたのだから。
それにしてもなんだか妙な事になっている気はする。、とりあえず隠れていた壁から出て眉を顰める。科学者を追って、彼の潜伏しているらしい東の海の小さな島まで来た。それは良かった。だが島に入ってまず町の様子を調べようと歩き回って暫くもしないうちに、なぜか襲われた。自分がここに着たことは誰にも知られていないだろうし、だってバカではない。科学者が仮にこの島に本当にいるのなら「」の姿でいれば直ぐにバレて警戒される。そう判っているから普段の格好ではなくて、どこにでもいるような村娘のワンピースに髪だって目立たぬ黒い鬘を被っていた。それなのに襲われた、ということはを狙ってのことでもない。
「誘拐ってこと?まさか、東の海で奴隷なんて流行らないよ」
流行る流行らないの問題ではないが、まぁ、それは言葉のアヤである。さてどうしようかと考えて、はこの町の違和感に気付いた。それを組み合わせていけば自分が狙われた理由も容易くわかってきて、おや、と、目を細める。
そうと判れば対処もできるもの。くるり、と腕を振って小さなトランクを取り出した。あれこれ、の着替えが入っている。その中から比較的色の目立たぬ、そのうえ目的の用途として申し分ないものを取り出し着替えた。
それじゃあどうしようかと考えていると、背後から人の声。
「くそ、ナミのヤツどこ行っちまったんだ……?」
「いねぇなぁ。オイ、先に帰ったんじゃねぇのか?」
まだ若い少年二人の声である。は一瞬身を隠そうかと思案したが、その少年の一人の被った帽子を見て目を細める。あの帽子、あの麦藁帽子には見覚えがある。
『なぁ、なぁ、おい、一緒に行こうぜ。おれが船長に代わって、お前を笑わせてやる。お前を守る、約束する。だから、なぁ、』
赤い髪の少年。の髪よりもっともっと赤い髪の、あの子供を思い出す、帽子。は二人を避けず、対面することにした。
「誰か探しているの?二人とも」
「あ?この町のヤツか?」
「なんだお前」
の存在に気付いて二人は足を止めた。鼻の長い少年と、麦藁帽子の少年。幼い子供。と向かい合い、口々に言う。
「ぼくはこの町の人間じゃないよ」
「そうか。なぁ、坊主、オレンジ色の髪の気の強そうな女を見なかったか?仲間なんだけど、見当たらなくてよ。確かにこの町にいると思うんだが」
「女の子なら攫われたと思うけど」
は?と、鼻の長い少年が目を見開いて間の抜けた声を上げた。隣の帽子の少年もぴたり、と動きを止める。は先ほどこの町で自分の感じた違和感を話してみた。
この町、この、集落と呼んで差し支えのない場所は食堂・販売店などの「店」がない。それどころか広間、道らしい道もなく、ただ住居のあるだけだ。そこまで話して、鼻の長い少年が「あ、それは俺も思った」と口を挟む。しかし続けてが「女の子がいないんだよ」と言えばそれには気付かなかったようで黙った。
「それに、ぼくもさっき襲われてね。危うく誘拐されそうになったんだけど」
「ぼくもって、オマエ男じゃねぇか」
「変装したんだよ。ズボン履いてるだけで結構いけるもんかなぁと思って」
恐らくこの、閉ざされた空間のような場所で見知らぬ人間がいれば容易くばれるだろうが、女でさえなければなんとかなりそうだ、と、そういう安直さである。事実、男であるこの二人の少年は無事だ。
「どういうわけか知らないけどね、この町、女の子が攫われて何処かに連れて行かれる。連れて行く犯人はきっと、この町の住人全員だ」
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