飛び去ったを唖然と眺め、ウソップははっとゾロを思い出した。石を投げてきた子供たちの敵意はだけに向けられたらしい、今は老人の傍によって身を傷かっている。は大丈夫だろうか。小石を投げ付けられただけだが、あれは結構痛いのだと覚えがある。
ゾロは額に汗を浮かべているものの、まだなんとか持ちそうだ。毒、毒、をどうすればいいのかわからないが、とにかく何とかしなければ。ルフィもナミもいない。今ゾロをどうにかできるのは自分だけだ。決意をしてぐっと腹に力を込めると、不意に視界が暗くなった。いや、路地裏であるのだから暗いのは道理なのだけれど、しかし、違和感。

「ん?あ、え!?」
「見せなさい」

ゾロと自分の傍に、いつのまに立っていたのか背の高い、男性。口調こそは柔らかかったが有無を言わせぬものがあり、ウソップ、何かわからぬままに身を引く。男は目を細めてゾロの腕、そして顔などを確認した後に、こきり、と、腕を鳴らした。

「随分と懐かしい気配と思えば、詩篇か」

低い声、ウソップたちに聞こえるように呟かれたものではない。だが距離的に耳には届いた。意味はわからぬ、問えるような雰囲気でもなかった。憎悪、のようなものを含ませた声。ぶるり、とウソップは身震いをした。しかし今この状態で自分が逃げ出すわけには行かない。ついゾロを任せてしまったが、何か妙なことをすれば、直ぐに攻撃に移れるそうパチンコを握り締める。と、そんな様子に気付いたか男が肩越しに振り返り、呟く。

「死なせるつもなら現状のままほうっておけばいいだけのことだ」
「あ、いや、確かにそうだけど……」
「黙っていろ。ついでにそこの人間どもをどうにかしておいてくれるなら俺は随分と楽になるのだがな」

にべもないし容赦もない。たん、と男が軽く手を叩くと、足元から灰色の茨が地を這い老人と子供らを縛り上げる。




「逃げよう、だなんてくだらないことを思いつくなよ。この、屑どもが」
































「んー?どこだ、ここ?ナミー!ウソップー!ゾロー!!ったく、あいつら何所いっちまったんだ?」

きょろきょろと辺りを見渡してルフィ、首をかしげる。町の中をぐるぐる走り回っていたはずなのだけれど、いつの間にか森の中に入ってしまったようだ。幼い頃に祖父に放り込まれた密林よりは遥かにましなところ、今更別に恐怖などは浮かんでこないが、しかし、町でであった少女が言っていた言葉が気に掛かる。ナミが危うい、ならこんなところでのんびりと散策をしているわけにもいかない。

だがしかし、ここは一体何所なのだろうか。

「困ったなぁー、おれ道とかそういうの苦手なんだけどなぁ」

うーん、と困ったところで道が出てくるわけでもない。とりあえずひょいひょいと木に登った。森の中で迷った時はこうするのが一番手っ取り早い。背の高い木のてっぺんまで上がり、周囲を眺める。町はどこだ、と、それは直ぐに見付かった。少しここから遠いが、しかし戻れるだろう。よし、と決めかけて降りようとしたところ、視界にもう一つ、森以外のものが見た。

「ありゃ何だ?」

おや、と、目を細めてみる。町とは正反対のところに、白い屋根が見える。

「……ひょっとして、あそこにナミがいんのか?!」

町の中はどれほど探し回っても呼んでも何もなかった。では森の中かとも思ったが、あの白い屋根、何となく怪しい。何となく、という思考、常の人は突っ込みを入れたくなるのだが、それはそれ、この子供、モンキー・D・ルフィに至っては何となく、こそ立派な理由である。しかも今は誰も止めるものもいない。よし、とばかりに助走をつけて木から跳び下りた。方向など承知の子ではないけれど、しかし、ジャングルでの移動はわりと慣れていく。先ほど上がった時に見た大きな杉の木。この位置からも良く見える、それを目指せば問題などない。

スタートダッシュ、勢いよく全速全身、とその様子。すたこらさっさとでもいえそうなほど、軽快な足取りである。






暫く走ると、直ぐに白い家に辿り着いた。中々距離はあると思ったが、それはそれ、常人ではない生き物の足である。ルフィ、辿り着いて一応ぐるり、と家の周りをまわる。普通の、民家に見える。小さな家だ。ルフィの家と少し似ていると思った。それで、家を訪れる時は、とマキノに教えてもらっていることをそのまま実行。

すなわち、ノック。

「すいませーん、どなたかいらっしゃいますかー」

コンコンコンコン、と、ノックは四回とそう教えられている。三回でもいいそうだが、二回は止めておけと、教えてもらったとき一緒にいたシャンクスも笑っていた。なら五回はいいのかと言えば、村長のじーちゃんが妙に怖い顔をした。だから今でも五回、というよりも四回以上のノックはできない。

シーン、と、しかし、返事はない。

「お留守ですかー」

もう一度コンコンコンコン、とノックを四回。留守か、中から人の気配、するような、しないような。それでルフィ、何の躊躇いもなくドアを開けた。がちゃり、と開く扉。

「なんだー、鍵は空いてんのか?無用心だなぁ。泥棒でも入ったらどーすんだ?」

海賊が入っているこの状況で何を言うのか、とそういう突っ込みは誰もしない。堂々と人様の家に入り込み、ルフィ、ナミがいないかと探す。目的はしっかり覚えている。この子供にしては珍しいところ。まぁ、それはどうでもいいのだけれど、カタン、と、小さな物音がした。

「ん?誰かいんのか?」
「……っ……!!」

音のした方向をルフィが振り向けば、小さく息を飲む、甲高い音。何だかカタカタと震えているような音もする。それでルフィ、うん?と首をかしげて、その音の向こう、つまりは入り口から入って左側にある、小さな扉に手をかけた。

「っ、ひ、ひっぃいぃぃぃいいい!!!」
「あ、なんだお前?」
「ィきゃあぁあああ!!!いやぁああああ!!!!ぎゃあぁああああ!!!」

小さな小さな扉の向こう、ちょこん、と、隠れるようにしていたのは、小さな女の子。先ほど会った赤い髪の、という女も小さかったが、それよりもっと小さいとルフィは思った。それで、その子供がやけにぎゃあぎゃあ騒ぐ。

「お、おい!ちょっと、落ち着けよ!おれぁ別にお前になにかしたり、」
「きぁやあぁああぁああ!!!に、人間、人間だぁああああ!!!」
「お、おお、お、落ち着けって!!」

白いワンピースに、真っ白い髪のその少女、ぎゃあぎゃあ騒ぐ。ルフィもなんだか慌ててしまい、おろおろと少女を宥めようとするのだけれど、ルフィが何か言うたびに少女の悲鳴が上がっていく。

「どうした!!エリス!!」

どうしたものかと本気で困っていると、バタン、と、床が開いた。

「いっ、お、おっさんどっから出てきてんだ!!?」
「貴様こそ!どこから入った!」
「いや、おれぁ普通に玄関から」

床がぱっくり開いて、中から飛び出してきた中年男性。やや痩せた、背の高い男。真っ赤な前掛けをした、髭のひと。ルフィの姿を確認すると素早く少女の元へ駆け、きつくルフィを睨みつける。

「嘘を付け!鍵が閉まっていたはずだ!」
「あいてたんだよ!」
「なんだと!!!?コソ泥の癖に言い訳するな!!!」

ぎゃあぎゃあと、言い合うルフィとその男。自分は嘘などついていない!とルフィが顔を真っ赤にして言い返すとそちらも負けずに言い返す。フーフー、とどちらとも鼻息を荒くしていると、ひょいっと、床からもう一人、子供が出てきた。

「でもパパ、確かに今日は鍵をしめていなかったわ」
「っは!!そうか、しまった!!そうだったか!」
「もー、パパったらうっかりさんね!」
「いつものことじゃない。どじなのよ、パパは」

うっかり、テヘ☆なんて、おちゃらけてみせる男。それをさめざめと見る、出てきた少女と、おちゃめね、と笑うのは先ほど絶叫していた少女。

「な、なんなんだ?お前ら」

あっけにとられてルフィが眉をしかめると、ハッハハハと笑い飛ばしていた男が再び眦を吊り上げた。

「そ、そうだ!誤魔化している場合じゃない!!エリス!イリス!パパから離れないように!この男は人間だぞ!」

娘らしい二人の子供を腕に抱え、ざっとルフィと距離を取る。それで警戒、をされたのだけれど、ルフィ、うん?と首を傾げるばかりで何もしない。

「いや、おれぁ人間だけどよ。お前らも人間だろーが。何言ってんだ?」

きょとん、と不思議そうなルフィの声と顔に、男と、少女たちから若干、警戒、緊張の色が薄れた。最初に切り出したのは父親の腕の中にいる、黒いワンピースの少女だ。白いワンピースの少女と同じ銀色の髪に、緋色の瞳をしている。

「うん、そうね。そうなんだけど、あなた、誰?どうしてここにいるの?」
「おれァ、ルフィ。海賊だ。仲間がいなくなったんで探している。ここにはいねぇのか?」

きょろきょろあたりを見渡す。さっき開いた床の下が怪しい気もするのだけれど、まずこいつら聞いてみるのが早いだろうとそういう気安さ。あまりに正直すぎる言動に、少女がキョトン、と目を丸くしたが、やがてふふふ、と小さく笑う。

「泥棒より海賊のほうがまずいのになんで正直に言うのかしら。あたしはイリス。こっちは妹のエリスで、あたしたちのパパよ!」
「うーん、いや、イリス、和んでいいのかな?パパちょっと不安なんだけど、海賊だよ?海賊?なぁ、エル」
「でもパパ、イリスが名乗ってしまったもの。それに悪いひとじゃないと思う」

いまだ父親の腕の中にいる小さな子供、不安そうに眉を寄せる父親に小さな声で呟く。その様子の可愛らしいこと、父親、でれーっと鼻のしたを伸ばして「うん、エルがいうならそうだね!」と断言した。それを眺めるイシス『正直鬱陶しい』とありありと顔に浮かべ、またルフィを見上げる。

「まぁ、あたしたちはこの森に住んでるんだけど、ルフィの仲間なんて見てないわよ。いなくなったって、迷子なの?森の中ならパパが案内できるけど」
「ホントか?そりゃ助かる!」

森がどれくらいの広さかわからないのだ。それに人が隠れられそうな場所、隠されそうな場所の心当たりのある人間が一緒にいてくれれば随分助かる。ぱぁああっと顔を明るくしたルフィを眩しそうに眺めて、イシスが小さく笑った。しかし、その後ろで父親が「え」と顔を引きつらせた。

「え、ちょ、イリスちゃん!?パパこれから仕事あるんだけど!!?森の案内って、もう暗くなるよ!!?獣とか出るよ!?」
「猟師が何言ってるのよ。ねぇ、エル、パパが人の役に立ったら嬉しいわよね」
「うん、夜に一緒にいてくれないのはさびしいけど、でも、パパ、かっこういいわ」
「パパがんばるよ!」

びしっと、腰に片手をやり、もう片方の手はどこぞを指差す、それ決めポーズなんですか、という妙な格好をし父親が叫んだ。それを二人の子供は「わー、すごい」とパチパチ、イシスはやる気なさげに、エリスは楽しそうに眺める。

何だか妙な展開だが、しかし、これでナミが探し出せるとルフィ、素直に喜んだ。







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・パパの名前はアビス、とか、そういうギリギリなことはしません。