鬱蒼とした森の中をか細い明かり一つでおびえた様子もなくスタスタついてくる麦わら帽子の少年を背中越しに見て、ローランはそっと息を吐いた。娘たちに押し切られた哀愁漂うゆえのこと、ではない。
一歩家から出た途端、ルフィに背を向けたローランの顔は豹変していた。先ほどまでの気弱で、しかし心優しい猟師の者、ではない。いや、狩人に違いはあるまい。ただ獣を狙う眼、ではなくて、飛んで火に入る夏の虫、いや、良いタイミングで来てくれたものだと、そう、喜ぶ悪鬼そのもの、のようである。
この子供の飄々とした様子、何も考えていなさそうで、しかし、その身の内から潜む不気味な声をローランは耳ざとく聞きつけていた。すなわち、悪魔の声。まさかグランドラインを遠く離れた、世に最も平和な海とされているイーストブルーで悪魔の実の能力者があっさりとやってくるとは思わなかった。自然系、肉食の動物系ほど強い声ではなさそうだから、おそらくは超人系だろうけれど、このさい文句は言うまい。あと半年して研究パートナーのファー・ジャルクが悪魔の実を手に入れてこなければ、ローランは単身海に出て何が何でも能力者、あるいは悪魔の実を持ち帰るつもりだった。たやすいことではない。その実ひとつのために一生を費やす冒険家は山といる。ローランが、昔の身分を取り戻してマリージョアに戻れば、あるいはわずかな時間でも手に入れられるのかもしれないが、その代償が大きすぎる。
どうしたものかとほとほと困り果てていたところに、ひょっこり現れたこの子供。エリスは少し気に入ったようだったから、こうしてすぐに引き離せてよかった。あまり長くあの子とかかわらせてはきっと情がわいてしまう。エリスを悲しませるようなことは、何一つしたくなかった。家に残してきてしまったが、大丈夫。イリスがうまくやるだろう。
「なぁ、おっさん」
「おっさん……私はまだ三十代なんだが」
「オッサンだろ。悪ぃな、案内してもらって」
オッサンじゃない、と再度言おうとしたが、ルフィという生き物はなんとなく空気どころか人の話も聞かない生き物なんじゃないかと長年の経験がさっさと告げる。無駄な労力は使わぬにこしたことはないとローラン、ため息を吐いて首を振った。
「この森は迷いやすい。私も移住してきたときは何度も迷ったものだ」
「へぇ、オッサンこの島のヤツじゃないのか?」
だからオッサンじゃない。心の中でだけ突っ込んで、握りしめたランプがフルフル震える。こういう、理不尽さはなれていない。何しろ生まれたときから人間に傅かれるのが当然だった身だ。今、その身分を捨ててこの島に住んでいるとはいえ、動物園しかないのだから、自分に逆らったり意見を言ってきたりする者はない。
「私はもともとグランドラインにいたんだ。五年前にこの東の海に移住してきた」
「へぇー。グランドライン。おれぁグランドラインを目指してるんだ。さっきのヤツらもグランドラインから来たのか?」
「私の可愛いエリスも生まれはグランドラインだ。世界でいちばん美しい島で生まれたんだ。私の誇りだよ」
エリスのことを話すとき、ローランの顔は輝く。かわいいエリス。宝石のように大切なエリス。あの子のためなら、ローランは生まれ持った地位も、何もかも、約束された祝福さえ、捨てて何も惜しくはない。
へぇー、とルフィは興味あるのかないのかさっぱり、間の抜けた声を上げるだけだ。鼻でもほじっていそうな気やすさにローランは眉を寄せた。
「君はどうしてこの島に?偉大なる航路を目指すならこの島は正反対の方角だろう」
偉大なる航路、グランドラインに入るにはこの島からま逆の方向にあるローグラウンの付近まで行かなければならない。
海賊、と少年が名乗っていたのをローランは思いだし、なるほどこの大海賊時代に旗揚げしようと志す荒くれ者どもの一人かと合点がいったのだが、しかし、なぜこの島に来たのかそれがわからない。
「んー、いや、島が見えたら上陸するだろ。フツー」
「目的地じゃないのに上陸するのは物資が足りない時だけじゃないのか?何があるかわからないのに、危険だ」
こうして自分のような人間に、いま狙われていることを考えればこの子供、無駄に上陸などしなければよかっただろうと、同情する心がないわけでもない。しかしそうすれば自分は困ったのだが、と内心矛盾した己に笑いたくなる。
「はぁ…オッサン、冒険ってのをわかってねぇな」
「?」
「何があるかわからねぇからおもしれぇんだろ」
「先がわかっていたほうが対処がとれるから良いと思うが」
このあたりは何も考えぬ子供らしさ、ということなのだろうか。首をかしげつつつぶやくと、ルフィが笑った。豪快に笑うと暗闇の中がぱっと明るくなったような気さえする。ローランははっと息を呑んだ。
「妙なこと言うな、オッサン。それじゃあ海賊なんかする意味ねぇだろ」
あはははは、と、笑うルフィ。それが聞こえるのか聞こえないのか、ローラン、心の奥底から、歓喜の震えがわきあがって、体が震えた。
この子供、超人系の能力者だとがっかりしていたが、いや、違う、この、子、この子供は、Dの縁者ではないのだろうか。
ローランの、世界貴族の大敵ではあるが、しかし、エリスを救うために、能力者の中の悪魔と、そしてDの系譜、これは、なんと運がいいのだろう。
ここしばらく、研究は何一つうまくいかなかった。せっかく“動物園”から少女らを納品させて“詩篇”を刻みこんでも、出来上がるのはできそこないのガーゴイルたちばかりだ。いくらイリスがいるとはいえ、エリスは一人しかいない。失敗は許されず、一度しか施せない詩篇にばくちは打てなかった。
しかし、ここでDの系譜の血が、悪魔を身に宿したDの縁者が手に入った。次の新月は二日後だ。これなら。
(闇を、夜をかき消し、夜明けをもたらす。あの王国の、)
「この先に炭焼き小屋があるんだ。ルフィくん。キミの仲間もこんな闇夜じゃどこか一か所にとどまっているだろう。そこにいるかもしれない」
行ってみるかい、と優しく問えば、ルフィが「あぁ、頼む」とうなづいた。
◇
ぴくん、と、は眉を動かした。この島、に来てから少々いらだつ気配を感じていたのだが、まさか東の海に世界貴族のバカどもがいるわけもないだろうと、気のせいだと思いこもうとしていたのだが、そのバカの気配、ここにきてやけに強くなってきたではないか。
は石を投げつけた子供たちはあとでどうしてやろうかと思う反面、面倒なので放っておくに限る、とも思っていた。
この島にいる、麦わらの一味以外の生き物はすべて、世界貴族の所有物だ、ということはわかっていた。だからここは「動物園」あるいは「家畜小屋」だと口にしたのだが、なんだ、しっかりオーナーがいたらしい。
「……ふ、ふ、ふふふ」
の唇から、ひび割れた煉獄の炎のような、憎悪の籠った声が漏れる。天にいななくという竜を名乗るあの、バカ共の血は容赦なくの神経に触った。東の海にぽつん、といるがまさかはぐれ貴族、なんてものがあるわけもない。
明らかに、何か厄介事、だろうとは思う。
これは、面白い。かもしれない。パンドラの誘拐犯と、マリージョアを離れた世界貴族。どんな組み合わせ、いったいどんな、バカげたことをしているのか。暴いてやろう、というほどの意欲はないが、しかし、たくらみごとを踏みつけてやろう、という程度のものはある。あの連中がしようとしていることの一切を、芽吹く前に踏みつけて、荒らして、跡形もなく消し去ってやれるのは、とても楽しいことじゃあないか。
うっとりとは目を細めて、天竜人の気配の濃い方向へデッキブラシを向けた。
◇
ふん縛った老人と子供たちが、突然震え始めたのでウソップは一瞬ぎょっとした。あたりはすっかり暗くなっている。ゾロの解毒をしてくれた男がランプを用意してくれなければ、町中だというのにここもすっかり暗くなってしまっただろう。
「な、なんだ……?どうしたんだよ、じぃさんたち」
「……――来る…」
顔を真っ白にした老人が、唇を震わせて路地の先、広場につながる道を見た。ウソップもつられて後ろを向いたが、何もない。
いったいどうしたのだろうか。不思議に思って立ち上がり、路地から出ようとするそのウソップの襟首を、ゾロがつかんだ。
「いでっ、な、何すんだよ、ゾロ」
「……黙ってろ……何か、来るぞ」
まだ体の調子は戻っていないらしい、足下がふらつき、額にびっしり汗をかきながら、それでも先ほどよりは若干顔色はよくなったゾロが警戒するように低く呟く。
「来る…?何が……」
「さぁな。じぃさんたちは知ってんだろ」
振り返り、震えたまま身を小さくしているこの島の住人たちに問うと、老人、大切そうに子供たちを必死に抱きしめながら首を振った。
「知らん……知らん…わしらは、何も、知らん」
泣いて声を漏らすことが恐ろしいとでも言うのか、子供たちはそれぞれ己の口を手で抑え込み、ガタガタ震える体を寄せていた。
何が、来るのだろう。
ごくり、とウソップはつばを飲み込んだ。子供のころ、幽霊が恐ろしいと思ったときだって、こんなに脅えはしなかった。
「暗い、暗い、夜の中に、アレはやってくる……人でも、もののけでもない……さまようだけの……」
老人のつぶやき、目がぎょっと見開いてどこかを、何かを探るように見ているのだが、それは焦点がまるで合っていない。先ほどまでは気丈にしていた老人のこの変貌ぶり。が何か言って気を乱された時以上である。
「……なんだ、ありゃ」
チャキッ、と、ゾロの刀がなった。それに顔をあげると、建物の間から表の通りの様子をうかがっていたゾロが、困惑した表情で眉を寄せている。
「ど、どうした?ゾロ」
「……ありゃ……なんだ?」
ゾロの視線の先には、真っ暗闇の中、目ばかりを真っ赤に、赤く光らせてふらふらとさまよう、ドレスの少女たち。
皆一様に、同じ純白のドレスを着ている。月明かりしかない夜の中に、白と赤がぼんやり輝く。少女たちはおぼつかぬ足取りで、焦点の合わぬ目で風に揺れる柳のようでありながら、しかし、その手だけはしっかりと、みな、剣を握りしめていた。やはり同じ剣だ。
どうみてもまともな様子ではない。
と、広場にいた少女の一人が、突然倒れた。苦しそうに首を押えて、悶絶している。その後ろに立った別の少女が、まるで感情の伴わぬ動き、ただ上げて・下ろす・というだけの単調さで、手に持った剣を振り上げ、苦しんでいた少女の首を落とした。
「!!?」
血が流れる、とウソップは目を閉じたが、しかし、指の隙間から見た光景。真赤な血は流れなかった。
かわりにキラキラ光る銀色の液体、水銀が少女の体からあふれ出し、流れる。
そして少女たちは何事もなかったように、またフラリフラリとさまよう。
「ひょっとして……あれが、連れさられたっつー、女たちか?」
「ナミはいねぇようだが……」
ぼそりとゾロの声。ほっとしたような響きさえあるのをウソップは気づいてニヤニヤと顔を向けた。
「何だよ」
「あ、いやぁ、なんだかんだといいながら、こうしてナミの心配をする、素直じゃねぇよな、お前」
「…バッ、俺は別に……ただ、いねぇなって!!」
顔を真っ赤にして反論する(注:ゾロナミじゃないですヨ)ゾロが思わず大声をあげると、ギョロっと、広場の少女たちが一斉にこちらを向いた。
「馬鹿!ゾロ!!阿呆!!!」
「しまった…!!なにしてんだ俺は!!」
全くである。
以外にあっさり阿呆な展開で気付かれて、小女たちがふらふらとこちらに近づいてきた。ゾロは背後を見る。いばらの縄で縛りあげられている老人たちは震えるばかりで逃げよう、とはしない。
幸いこの入口は狭い。向かってくるひとりひとりを倒しながらなら、何とかなるだろうか。
いや、それには体力が足りぬ。まだ体が本調子ではないと自覚しているゾロ、しかしだからといって自分一人が逃げるほどの外道にはならない。
ちっと舌打ちをして、ゾロは刀を口に銜える。
「ウソップ……じぃさんとガキどもを守れ……」
「お、おい、ゾロ!!おまえだってまだ本調子じゃねぇのに……」
「じゃあどうするんだ。お前が守り、俺が攻撃。代わってくれんのかよ」
「……そ、それは…」
どう考えたところで、ウソップがゾロの代わりにあの妙な女たちに突っ込むより、それでも今のゾロが行った方が勝機がある。
そうしてひょいっと、飛び出していったゾロ。何もできずウソップはせめて援護をとパチンコを構えた。
「ゾロ!相手は女子供なんだ!手加減しろよ!」
「わーってる!おまえこそ、燃やすんじゃねぇぞ!!」
ギンッ、とゾロの剣が舞った。狙いを定められた少女の腹部に正確に打ち込まれる。そのままがくっと、少女は倒れた。
「まずは一人……っい!!?」
いや、しかし、倒したはずの少女は何事もなかったようにむっくりと起き上がる。そのまま少女の手にはあまるだろう剣、ゾロが知る中で「大剣」に部類して申し分のない大きな剣が軽々と振り上げられ、ゾロに下ろされる。
「な、なんだ!!?おれぁ確かに今…!!」
「何してんだゾロ!手加減しすぎじゃねぇのか!!?」
バヂン、バヂ、とパチンコの玉を少女たちにあてながらウソップが気遣う。いや、だが確かに今自分は、起きる時に結構痛いだろうなぁ、と思われるくらいの力をこめた一撃をした。
ただの少女がこらえられるものではない、はずだ。
「くそっ……なんなんだ!?」
うめきながら、ゾロは繰り出された一撃を回避し、まずは武器を落とさせるかと、少女の左手を狙った。
「悪いなッ」
ザシュと、左手を切る。切り落とす、というほどの非道性はないが、何か「まとも」ではないと思われるこの少女だ。もう持てぬよう、手首の筋を切った。やはり流れたのは血ではなく、銀色の、水銀だ。確実に切った、はずのその手の傷がゾロの目の前でみるみる塞がっていく。あふれ出した水銀は、確かに地にあるのに。
少女たちが一斉にゾロに切りかかって来た。三本の刀で抑え込みながら、ゾロは目を細める。
「人間じゃ、ねぇのか?こいつら」
小さく呟いた声。だがしかし、人ではない人がいるなどとは、聞いたこともない。不死、という言葉がゾロの頭をよぎったが、しかし、かつて師が教えてくれた。この世に不死というものは存在しないのだと。どういう理屈でそういう結果を言うのかは知らないが、しかし、そう言ったときの師の顔には普段の優しさが消えていた。だからゾロはそうなのだと記憶したのだ。
この世に、不死というものはない。だから、今この目の前に立ちはだかる生き物たちは滅ぼせるはずだ。
刀を受けた感触で、この少女たちに己の意識がないことはわかった。であれば、手加減をする必要もない。剣を持ってこの自分に挑んできたのだ。ゾロはギロっと、気を構え、腰に体重を落とす。
「鬼、切り……!!!!」
バシュッ、と、円陣、煙刃、少女たちの体が吹き飛んで壁に叩きつけられた。100%相手の吹き飛ぶ大技である。病み上がりにこれは少々こたえるものだったが、ふらりと、体を一度揺らしただけでゾロは倒れなかった。
「……おい、マジかよ……」
ガラガラがれきが崩れる、吹き飛んだ少女たちは、やはり何事もないように起き上がってまた、ゆらゆらゾロに向かってくる。
◇
まずい、まずい、とっても、まずい。
あのゾロが苦戦している。ただでさえ今は体力もないだろうに、なんなんだあの少女たちは。どうして倒れないのだろう。いや、そもそも、あれはなんなんのだ。
「な、なぁアンタ……!強いんじゃねぇのか!?頼むよ、助けてくれよ!」
ウソップは先ほどから黙っている男に声をかけた。そうだ、この男は茨を操ったりと、ウソップには正体のわからぬ力を使っていた。悪魔の能力者か何かなのだろうか。それなら、ゾロと一緒に戦ってほしい。
そういう期待を込めて見上げれば、黒髪に真赤な目の男、面倒くさそうにじろり、とウソップを一瞥した。
「なぜ俺がやらねばならんのだ。あんなガーゴイル程度に」
「なぜって、ここにいりゃお前だってあぶないだろうが!!!」
「ふん、この俺が一行詩如きにどうこうされるものか。あの剣士、せっかく助けてやったんだからしっかり働け」
ふんぞり返る、なんですかこの俺様な人は。しかしどう説得しても動いてくれなさそうな様子だけははっきりわかった。シクシク、ととりあえず泣いて見せてから半分やけになって「あぁ、くそ、これならと一緒に逃げりゃよかった」なんてつぶやく。が、そんなことを言ってもデッキブラシでさっさと逃げたが戻ってくるわけでもない。
しかし、突然ぐいっと、ウソップは鼻を掴まれた。
「ぎゃっ、そこ握っちゃだめ」
「気色の悪い声を出すな。―――貴様、今なんと言った?」
「へ?だから鼻をにぎ、」
「その前だ」
その前、は確か独り言だ。逃げればよかったと、後悔の言葉。まさか、情けないことを言うなと怒鳴られるのか。
「な、何も言ってません!!!弱音なんて、あはははは、この男ウソップ様が吐くわけないでしょう!」
「貴様などどうでもいい。が、あの子がこの島にいるのか?」
怒鳴る、というよりは驚いて声を上げるしかない、というものだった。ウソップは首を掴まれた体制のまま、反射的にうなづく。のことを自分は知らないが、ひょっとしてこの男がはぐれた仲間、なのだろうか。
男があまりにも必至な顔をしたから、ウソップはそのまま己の知っていることを口に出してしまった。
「さ、さっきまで一緒だったんだよ。でもガキどもに石を投げられてそのままデッキブラシで飛んでどっか行っちまった…」
「……」
どさりと乱暴にウソップが下される。
「……ふ、ふふ……」
一度うつむいた男の顔はよく見えないが、漏れた笑い声は、どこかで聞いたような気がした。
「そうか……ふ、ふふ、ふ……なるほど。そういうことか。小賢しい男め。そう、来るか。そこまでして、夜を迎え入れたいか」
何かわからぬことをぶつぶつと口の中で呟いて、男は顔をあげた。いつの間にかその手には、細い剣が握られている。チャキン、と、剣を払うように下に向けて、男はさまよう少女たちの前に進み出た。
「おい、邪魔すんじゃ」
敵と立ちはだかっていたゾロが非難の声をあげるが、男はそれをきれいさっぱり無視して、騎士の構えのように、一度胸に剣を当てる。そのまま丁寧に、口から水銀をたらした少女らに一礼をした。騎士が淑女に向けるような、誠心誠意の籠った姿勢。しかし顔をあげた男の顔には、傲慢で、尊大、そしてどこまでも己が支配者であると知る生まれ持っての覇色。
男はこちらにかけてくる少女たちに向かい、低く夜に透通る声で囁く。
「心の底から感謝しろ。この俺が、御自ら闘ってやる。戦って、駆って、狩って、お前たちを止めてやる」
瞬いた刹那、ウソップやゾロの目の前に、首のない死体がいくつもできあがり、ごろん、と、首が床に落ちたころには、男はさらに先のガーゴイルたちに切りかかっていた。
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