びっくりとは目を見開いて、体の力が抜けてしまった。そこで容赦なく縛りあげられたらおそらくはもう終わってしまったのだけれど、驚いているのはだけではなく、の上にまたがっている、銀髪に真赤な瞳の黒いワンピースの少女、イリスも同じだった。

「エリス……どうして、眠ったんじゃ」
「……最近、イリスが寝る前にミルクをくれるでしょう?あれ、今日は飲まなかったの。あれを飲むと眠くなるから。今日は、パパがまだ帰ってこないし」

ものすごくわかりやすい説明である。状況のわからぬだったが、今の言葉である程度、状況も呑み込めてきた。

むくりと体を起こして、まじまじと、エリスを見つめる。まっ白い髪に、真赤な瞳。まっ白い肌の、白いワンピース。より少し幼いくらいだが、顔は、と全く同じである。

しかし、イリスという少女は多少配色が似ているとはいえ顔立ちは似ていない。だからの驚きは魚人と世界貴族の混血児、に注目されたのだったが、この子供、エリスは話が変わる。

「混血児が二人……?しかも、え、君達、双子?」
「エリス、部屋に戻りなさい!」

目を丸くしてエリスを眺めるを殴りつけ、イリスが叫んだ。姉の言葉に一度エリスはびくりと体を震わせるが、フルフルと弱弱しく首を振る。

「エリス!!」
「や、や!イリス……どうしたの!!?どうして、その人にひどいことしているの!!?パパは…パパが帰ってきたら……!!」
「エリスは何もい知らないでいいの!!いいから言う通りにしなさい!!」

半分叫ぶようである。は容赦なく殴りつけられた後頭部を押えてふらり、と立ち上がる。

「事情はさっぱり、心の底からどうでもいいんだけど。でも、ね、双子の姉妹がケンカはダメよ」
「アンタは黙ってなさい海の魔女!それに私たちは双子じゃないわ!」

それはどうでもいい。言葉のアヤである。しかし双子ではない、ということに一層は驚くのだ。そしてちょうど程よく、毒が回ったらしい。

(サカ、ズキ……)

ぐいっと、首のバラを押える。ちょっと、これは本気でまずいかもしれない。















いやぁ、自分は今日はいい仕事をした!と満足げに帰宅したローラン、扉を開けるなり大きく目を見開いた。

ひっくり返ったテーブル。それはどうでもいいのだけれど、その部屋の隅でシクシクと泣いているエリスの姿。

「パパ……!!パパ!!」

父親の姿を見つけてダッと駈け出して来た。

「エル…!?どうしたんだい!?そんなに目を真っ赤にはらして泣いて…!!ははーん、パパがいなくてさびしかったんだね!」
「イリスが、ひどいことを……!!」

受け止めていつものようにおちゃらけて見たが、エリスは笑わない。ひどいことをいりすがした。ピクリ、とローランの顔がひきつる。幸いそれはローランの腕の中にいるエリスには気づかれなかった。

「イリスは?」

ぐすっと鼻水を啜りながらエリス、首を振る。解らぬ、のだろう。まぁ当然だ。入口は完全にはわからぬようにしているし、絶対に教えない。

「海の魔女が来たのよ」

ローランの後ろからイリスの声がした。戻ったのだろう。エリスを抱いたまま振り返り、ローランはまた驚く。海の、魔女。世界の悪意。最後の王族。それが、来たのか。

「今は薬で眠らせて地下につないでる。それをエリスが見ちゃったの」
「そうか……」

ほっと、ローランは息を吐く。それを見てエリスがびくりと震えた。

「パパ…?パパも、なの?」

不安に揺れる緋色の瞳に優しく口づけて、ローランはほほ笑んだ。海の魔女が地下に。今日はなんと運のいいことか。歓喜に震えた。絶対に、それだけは手に入らぬと思っていた。諦めていた。魔女に手だしは出来ぬと、しかし、これはなんと運の良い。

だがいまはエリスを落ち着かせることが一番である。

「違うよ、エル。私の可愛いエル。あの子は魔女なんだ。エルの胸の病気を治す薬を持っているんだけど、意地の悪い魔女だから誰にも教えない。パパが魔女を説得して薬を分けてもらうから、何も心配しなくていい」

微笑みかけ、その頭をなでる。そうするといつもエリスはほっとしたように微笑むのだが、今回ばかりは動揺が激しいのかカタカタ震えたまま首を振る。

「でも、でも…イリスが…」
「そうだね、イリスはひどいね」
「パパ!!!私は!!」

何かイリスが反論しようとするところへ、ローランは一瞥を送り黙らせた。そしてエリスにはどこまでも優しい声で囁く。

「魔女のところへ行こうか。イリスがひどいことをしたのなら、手当をしないとね。大丈夫だよ、エル。エリスはベッドに入って待っておいで」

一気にまくしたて、そのまま娘の体を抱きあげて寝室へ向かった。上等な布団の中にすっぽりとその小さな体を横たえて、寒くないように毛布をかけ、隙間のないようにと、さびしくないように傍らにぬいぐるみを詰める。

「そうだ。魔女は林檎のスープを飲むかもしれないから、明日一緒に作ろうね。きっと喜んでくれるよ。エリスの料理はおいしいから」
「……う、うん」

そのまま瞼に触れて、指で瞼をトン、と叩けばスゥっと寝息が聞こえた。ローランは娘の寝顔をたっぷり堪能し、一瞬顔がにやけたが、それはそれ。すぐにキリっと表情を整えて、地下へ向かう。イリスが入口で待っていた。その顔は青白く、カタカタと震えているが、そんなことはどうでもいい。

パタン、と地下への重い扉を閉めた途端、イリスは階段から突き落とされるように蹴り飛ばされた。

「ッ……!!」

受け身を取る余裕もない。したたかに体を打ちつけて小さくうめくと、その髪をローランが容赦なくつかんで持ち上げた。

「いっ…痛いっ……マ、マスター……!!」
「痛いか。エリスの心はもっと痛かっただろう。かわいそうなエリス。この、できそこないが」

先ほどまで娘へ甘い顔をしていた父親ではない。ローランはイリスをずるずると引きずって壁に叩きつけると、その腕を足で踏み砕いた。

「ぎっ、ぁああああああ!!!!」
「どんなことがあっても、どんな事態であっても、エリスの心に、体に、一切の悲しみと苦しみを与えるな。解っていると返事をしたお前はそれを破った。この私に、嘘を言ったことになる。創造主たる、この私を謀った」
「そ、そんなつもりは……!!!あれは、エリスが薬を飲まなくて……!!!」

砕けた腕を必死に再生しながら、イリスは唇を噛む。己の不手際ではないとそれを弁明すると、しかし、ローランはにこりと笑った。

「イレギュラーは認めない」



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・うわーい、外道のローランさん(ギリギリ)が書けましたー。あれです。例によって例の如くサンホラネタ。名前はピエールでもよかったんですがネ。