盛大に笑う声、いつも、いつだってズカズカと遠慮なく己の中に入ってきて、あらしまわって、それで、わしわしと頭をかきまぜていくその人の豪快さ。好ましいと思っていた。きっと、いろんなことがあるだろうに、それこそ、己の絶望など及びも寄らぬほどにあるのだろうとは思い、同情もあった。すべてをあきらめている自分には、過去以外の傷などない。関わることを止めたのだから、悲しみを感じることは、そうそうなくなる。けれど、彼は違うだろう。ガープは、違う。



(かわい、そう)




たいよう




シャボンディに大将が来る、と大声で誰かが叫んだ瞬間ドレークに追い出された。ひょいっと、それはもう容赦なく、猫の子でも掴むように首根っこを押さえられて、シャボンディの島(ではないが)の外まで飛んでいけ、とばかりに遠慮なく投げられた。そういう乱暴なことをするような男じゃなかったのに、やっぱり海賊になんぞなったら無礼になるのだろうかと、そんなことは、まぁ、思わないが。びゅうっと投げられてぼんやり「ばか」とは思った。

大将が来る。来る、のか。来るならクザンがいいとは、思った。さて、誰が来るか、とドレークが腕を組んでいたのを見上げて何か言おうとしていたのに。けれど、実際、ドレークの行動は正しいのだろうとは、わかってる。

誰が来るにしても、もうは、ドレークといるべきではない。シャボンディに入る前に「もう帰れ」と何度か言われた。火拳の処刑うんぬんの話を黙っていたのも、少しだけ怒られた。どうせ新聞で読むから言わなかった、というのもあったのだけれど、結局、自分はドレークの味方にはならない。サカズキが海兵で、大将である限り、海賊にはならない。サカズキがまだ周囲に話すな、と言っていた言葉を破ることは、ない。ルフィたちといたのは楽しかったけれど、で、も、アラバスタ以外で彼らの味方をしたつもりはなかった。エニエスでは、ルッチたちがアイスバーグに手を出したから、敵対した。けれど全て、原因は自分の深いものがあってのことで、ルフィたちを思ったからとか、そういうことはなかった。だから、きっと、ドレークにしたって、自分は彼の敵にはなれるだろうとは思う。寧ろ、敵になると自分が思えているのだから、ドレークは確信があるのだ。悪意の魔女という名前をドレークは知っている。あまりにあんまりな生き物。警戒されているのだ。全く、真面目な男。

飛ばされたまま、まさかこのまま本当に海に落ちてやる必要はない。生憎と王国出身者である以上、自分だって海には心底嫌われている。、ぼくだってお前は願い下げだと毎朝毎晩海に舌を出しているが、まぁ、それはどうでもいい。

「それでね、こうしてデッキブラシで快適無敵海上の旅を終えて帰ってきたんだよ」

にへらと、笑って見上げる犬の被り物。なんでそんなのかぶっているのかと聞いたら、孫がこれでよく笑ってくれたと、そういう。男、もう老人だ。

海軍本部の、中庭。いろいろあって騒々しいが、それでもここは静かだ。とりあえずはセンゴクに顔を見せて、サカズキにこれからのことをいろいろ聞かないといけない。けれど丁度、お昼ご飯も食べたかったので中庭でサンドイッチを広げて勝手にランチタイム、しようとるんるんバスケットを振って辿り着いた中庭。ベンチに腰掛けている、老人がいたので、あたりまえのように声をかけた。それが半刻前。いつ戻ってきたんじゃ、と問われたので以上の説明をした、と、そういうわけだ。

「そうか」

話しを聞き終えた老人、いつものように、太陽のようにゲラゲラ笑う。程ほどにしとかんと、あの男がおっかないぞ、と、釘をさしてもくれる。けれど、それで「そうだよねぇ」なんて頷いて普段どおり、になるのなら、ただの小娘だ。

「さびしい?ガープ」

酷いことをする。酷いことを言う。他人への気遣いなんて、にはない。ただ思ったまま、興味を持ったままに言葉を話し、問う。相手の傷口を抉る行為なんて、楽しむ以外の感情を伴う必要があると知らぬ。

「まぁ、な」

白髪の老人、どこまでが髭だか、どこまでが眉だからわからぬもしゃもしゃとした顔。僅かに歪めて、ぽん、と、の頭に手を置く。大きな手。今日はサカズキに会うからとちゃんとした格好、魔女の格好をしていたから、白いフードのコート、フードを被っていたから、大きな手がもっさりと置かれてフードのファーが前髪にぐしゃりとかぶさる。前が見えなくなってきゃっきゃと笑い声を立てる。ガープの顔は見えない。ひどいことを、する。

がルフィの船に乗っていたのは、水の都までだ。ガープとは、その時に会っている。エニエスでの一件に(的には)カタが付いて無事船も出来た麦わら一行、さぁ見送ろうと、そういう時。あぁ、いや、その前か。眠っていたルフィが目覚めて、現れた真っ白いスーツの海兵、じぃちゃん、なんて、ルフィが呼んだ時、はこっそり部屋から逃げたので顔を合わせてはいない。逃げる孫に鉄球、砲弾投げ付ける老人。げらげら笑っていて、楽しそうには、見えた。クザンも一緒にいて、、その隣にデッキブラシを降ろして眺めていたのだけれど、クザンが楽しそうにはちっとも見えなかった。

もちろん、麦わら海賊団に乗船している時に、ガープがルフィの祖父だとは気付いた。よく似ている。本当によくよく、似ている。父親にはちっとも似ていないのに、祖父にはそっくりだと嬉しく思った。、ドラゴンは大嫌いだ。あの男、ろくなことをしない。早く死ねばいいと思っている。暴く必要などないのに、世界は、世界は、今のままで永遠にあればいいと、願うのに。あの男は、あっさりと暴いてしまうのだろう。きらい、きらい、大嫌いだ。だが、まぁ、それはどうでもいい。

「へいき、へいきだよ、ガープ。火拳はへいき」
「わしは、孫たちには海兵になってもらいたかったんじゃ」

の言葉に意味などない。それを知るガープ、遮るわけではないが、聞き入れることなく、呟く。年老いた老人。海軍の英雄。ロジャーがよく面白そうに相手をしていたし、ガープも楽しそうに、追いかけてくれた。その生き物も、随分老いた。

「お前さんにこんなことを言うのは、酷かもしれんがな。わしは、この世界、今の世が好きじゃ。守りたいものがある。じゃから海兵になった。この世界には、正義がある。今でもそう、信じとるよ」

モンキー・D・ガープ中将。いろんなことを知っている。ドレークよりも、きっとよく知っているんだと、は気付いていた。その老人が、それでもこの世界には正義があるのだと、そう、言う。

「海のゴロツキになんぞなりおって……あの、爺不幸者どもが……」

ぽつり、と、呟く声。いつもの豪快さも、豪胆さも、ない。暖炉の前で転寝をして昔を夢見るような、休日の公園でハトに餌をやっているような、弱々しさ。は、目を細めて、今だ己の頭の上に置かれた手を、両手で押さえた。

地面に視線をとせば、ぽたり、ぽたりと、芝の上に落ちる水。どうしようもなくなっているのだと、だって、さすがに解った。もう、どうしようもない。戦争は起こる。海の王者を怒らせたのだ。ドフラミンゴが楽しそうにしていた。あとで蹴り飛ばしておこうとは思う。けれど、ドフラミンゴも、ミホークも、くまも、普段を「大事」にしてくれる連中全員、今回のことが目に涙をためて止めれくれと訴えたって、止めてくれるはずもない。止まらぬのだ。もう、どうしようもない。

嫌だなぁ、とは思う。戦争は、嫌いだ。何かが大きくうねり、なくなるのは、嫌だ。激動。ずっと、いまのままであればいいのにと、心底願ってやまない。けれど、知っている。もう、どうしようもない。

その元凶となる男を、慈しんできたこの男の今の心、には想像することだって、できない。ヒトの悲しみなど、には夢のようにぼんやりとしたものだ。けれど、いろいろ並べ立てることくらいはできる。単純だ。孫が、自分の、大切な孫が、殺される。処刑、それも、自分の所属する機関によって、殺される。なりふり構わず、一切を裏切ってしまえば、手を取って逃げ出すことも出来るだろう。だが、可能なこと、ではない。無力、不甲斐なさ、悲しみ、苦しみ、葛藤、絶望、いっぺんに味わったことがあれば、多少はガープの今の心境も解るだろうが。

「ねぇ、ね、ガープ。泣いていたって何にも変わらないんだから、とりあえず火拳に会いにいきなよ」

ぽつり、と、呟く声。会ってどうなる、ということも、本当はないのだけれど。この老人は、海軍を裏切らない。政府は裏切るだろうが、自身の正義を、もう何十年も掲げてきた正義を捨てることは、ない。かわいそうだ、と、は呟いた。

(かわいそう)

しかし、思うのはただそれだけ。それ以上は、ない。


Fin