ずたぼろになった体をずるずると引き摺って乱暴に床に転がし、、ひょいっとしゃがみ込んだ。ぐったりした少年を見下ろした。ざわざわと色んな感情が沸き起こってきたが、一度ぎゅっと脣をかみ締めることでやり過ごす。そういうことは、得意だった。

「性懲りもないって言葉、知ってる?」

あちこち傷だらけになり、そして最終的には腹部に大きな衝撃一つ、吹き飛ばされがデッキブラシで飛び拾わねば海に落ちていた。そして死んでしまった。
赤っ鼻のバギー、と言えば、言葉の通り真っ赤な花の少年、がばっと跳ね起きて怒鳴る。

「誰が赤っ鼻だ!このヤロー!!」
「ぼくは女の子だから野郎じゃないよ」
「いてっ、なにしやがんだ!!殴ることねぇだろ!殴ること!!」

詰め寄られて機嫌悪そうに眉を寄せた。手に持ってバギーの頭を殴ったデッキブラシを仕舞いこみ。立ち上がる。夜、戦闘終わった海賊船はいろいろ忙しい、船の修理、負傷者治療とせわしない。勝ったわけではない、引き分けだ。しかしいずれ戦いのあとの宴が華々しくおこなわれるのはこの船の長の気質ゆえ。さっきバギーをここまで引っ張っていくそのの背中に親しい副船長や甲板長たちが「すぐ戻って来いよ」と声をかけてくれていた。

「きみ、ねぇ、きみはもう笑いたくなるほど弱っちぃんだからさ、大人しく引っ込んでなよ。エドワードくんと戦うなんて、過ぎたことだよ」

シャンクスと一緒に挑んでいた。その姿、はロジャーの隣から発見し、一瞬で血の気が引いたのを覚えている。シャンクス一人だったらまだ放っておいた。あの赤い髪の子供、バギーとそう歳も変わらないが、いくらエドワードでも殺せるような器じゃあない。いくらエドワードとはいえ、シャンクスの人生を終わらせられるようなものは、ない。そういう予感がにはある。これが魔女の悪意というものかと客観的に思う反面、バギーに関しては、この、いつもいつもを「ガキ」と怒鳴り散らす海賊船見習い小僧だけは、遠目で判じることが、出来ない。

「っは、俺さまが死ぬわけねぇだろ」

ぽん、と、バギーの手がの頭を叩く。最初に出会ったときは、の方がバギーやシャンクスより少し背が高かった。新米だ、見習いだとレイリーに紹介されて、は「こんな子供が海でやっていけるのか」とさめざめと思っていたのを覚えている。それが、時間が経って、気付けばバギーもシャンクスも、より頭一つ分も大きくなってしまっていた。

弟のように思っていた二人が、次第に自分を妹か何かのように感じるようになっているのを感じるのは、あまり気分の良いものではない。いや、幼いと思われることに対しての感慨はないのだけれど、ただ、それが、妹から娘になり、そして孫のようになる、と、それは、老いて、置いて逝かれるお決まりのコースだ。ただの知人であればいいのに、家族のように思われ、そして同じようにも思ってしまうことが、しようもなく、辛いこと。

置かれた手の重さ、覚えてしまう前に、は乱暴にバギーの手を払った。

「血気盛んな子供が生き残れるのは、そういう器のある子だけだよ」

言っておくが、お前にそれはない、とははっきり突きつける。長く生きてきたからわかる。この子供は、どこまでいったって小物で終わる。それがバギーの楽しいところとは本当に、心の底から気に入ってはいるけれど、けれど、この海で長く、それこそを孫のように思うまで生きられるかという点で考えれば、その可能性はどうしようもなく低いのだ。

「死んでたまるか。見てろよ、!いずれ名のある海賊になって、この世の全ての宝を手に入れてやる!」

だーはははっはは、と、出血も多いのに元気に叫ぶ、赤い鼻の子供。ぶしゅーっと、血が出るのはご愛嬌か。笑うところなのだろうかと一瞬は真剣に考え首を捻り、そしてこれ以上血が出るとさすがにマズイと気付く。
先日この子供、悪魔の実を食べた。最初に食べたのはニセモノだったが、次にホンモノを食べてしまった。楽しそうに船員達が騒いでいるものだから、ニセモノ、と言うタイミングを逃してしまっただったけれど、結局本物を食べたのだから、まぁ、結果オーライ。
バラバラの実を食べた、バラバラ人間。宴会芸には丁度いい。と、そうではなくて、切っても何の害もないはずのバギー。それは常であれば、だ。覇気やら、悪魔を切る道理を持った攻撃などには何の意味もないもの。おかげでこんなに血を流している。

呆れて溜息を吐き、はバギーの体を押さえつけあちこちの手当てを始める。バギーとてバカではない。自分の体をよくわかっている。出血のために体温が下がったか、ぶるり、と身震いをして大人しくの作業を受けた。

巻いていく、包帯ぐるぐる、そうすれば、いずれくっつく。バギー、道化によく似た生き物だとは思う。顔、だけではなくて、なんだろうか、何か、ピエロに似ているのだ。愉快という類の生き物のはずなのに、その道化の気配だけはにはぞっとするものを感じさせる。

「金銀財宝が好きならどこぞのお城の宝物番にでもなればいいのに」
「それは俺のじゃねぇだろ!バカかテメェ!?」
「バギーのクセにぼくをバカとか言うな!」

ぽつり不安のような、愚痴のようなことを溢せば元気な子供、すぐに叫ぶ。血気盛んな子供、元気な子供、シャンクスのように、どこか仄暗いものを抱えていることのない、まるで海面に写った太陽のようにきらきらしている。

はバギーの顔を見上げて、かねてからの疑問を口にする。

「バギーは宝物なんて持っててどうするの」
「あ?」
「一箇所に留まるわけじゃないでしょ、どうせ海賊辞めないだろうし。なら宝物、金品なんて持ってなくても変わらなくない?」
「はぁー……ダメだな、全然、全くダメだな」
「なにが」

ダメなことをいったつもりはない。寧ろ道理だろうとは思う。金銀財宝の価値は「たくさんモノを手に入れられる」ということだろう。まぁ、綺麗というのもあるけれど、バギーは別にきれいなものが好きなわけではないから、当てはまらない。
一箇所にでーんと宮殿でも構えるわけでもないだろう。欲しいものは、海賊なのだから奪えばいい。一々お金を出して買う、などという発想は買出しなど必要なものを、まぁ、必要だから買うのと違って、手に入れればいい、だけのことだと思う。

だから、なぜ宝物など欲しがるのか、には不思議だ。
普通の海賊程度でもある程度の財宝を手に入れられ、そしてそれを収入として日々の生活を続けられる。それが多いに越したことはないのだろうけれど、バギーのように、世界中のものを手に入れたとして、用途などないだろうに。

「言いか、。宝ものはハデにスゲーんだ」
「だから、何で?」
「それがわからねぇからテメェはダメなんだよ!全く、夢のねぇガキだな」

そう疑問に思ってしょうがないから聞いたのに、バギーはの肩を掴んで、まるでがどうしようもない阿呆なことでも言ったかのようにやれやれ、と首を振り、溜息を吐く。

ちょっとむかついたので、その日の宴の席でバギーの頭をデッキブラシに括りつけて海の上に飛ばしてみた。






宝島







声をかけられて、はっと、は目を開いた。真っ赤なソファの上、しかし慣れぬ心地に、あまり覚えのない天井。自分の顔を覗きこんでくる、鷹のような目の男。

「ミホーク」
「魘されていた」
「楽しい夢だったけどね」

いつの間にか寝てしまっていたらしい。ちらりとあたりを見れば時間を止めた准将がそのままいるから、まだそれほど経っているわけではなさそうだ。一瞬落ちて、そして夢を見たのだろう。眠りは浅いほうだけれど、さすがミホークの膝の上。安心して熟睡してしまったらしい。

「何か、ぼく言ってた?」
「いや、別段変わったことはない」

嘘だろうとは見抜いた。何か、まぁ、呟いただろう覚えはある。それをミホークの口から確認させられれば、きっと、何か嫌なことを思い出したに違いない。一度目を伏せて、は体を起こした。

「それじゃ、ぼく、行ってこようかな」

若干思考の定まらぬ頭を軽く振り、額を押さえる。夢、夢、夢の内容ははっきり、覚えている。良い夢だった。そう、良い、楽しい思い出じゃあないか。あの頃、まだサカズキの存在も知らず、力のすべてを振るえ、自由気ままに海を彷徨った時代。ロジャーがを見つけてくれて、楽しかった。水の都にはまだトムもいて、アイスバーグが弟子入りしてきたのは、あぁ、あの頃だったか。

「インペルダウン、ぼくなら半日で着く。今頃ガープくんも行ってるだろうし、ふふ、なるべくバレないようにしないとねぇ」


センゴクが気付いたときにどんな反応をするものか、想像するだけで楽しく、そして、サカズキのことを思えば、苦しくなる。それでも自分は行くのだ。いや、それだからこそ、行くのだろう。

「なぁに?」

ひょいっとミホークから離れたの腕を、ミホークが掴んだ。振り返って、は目を開く。

世界一の剣豪、いろんな刃物をいろんなところに持っている。そのうちの、背中の、腰元に隠したヒンジャル、三日月の刃の剣を差し出された。

「これを持って行け」
「これ、大事にしてなかった?」

確か、アラバスタの領内にある遺跡で随分昔に発掘されたもの。七武海は割と色んな財宝に合う機会があるが、あまり己の立場を利用せぬミホークがこの剣だけは七武海の称号を使って手に入れたほど、執着心、欲求を見せた物だ。

柄には大きなルビー、金銀細工で施された見事な装飾。戦うための剣というより宝の類の剣と言った印象を受けるほどに華美なもの。しかし、鷹の目の男が所持しているのだ。切れ味、使い勝手の悪いわけがない。

「俺が傍にいてやりたいが、お前はそれを望むまい」
「そうだね、ぼくはミホークには、ここにいて欲しい」

七武海が全員そろうようという妄信はにはない。一人くらいはまぁ、集まらないだろうと思う。普段中立的なミホークがここにいることが、他の七武海連中に多少の影響を与えていることをは知っている。だから、これ以上、この世界の正義が崩れることのないように、サカズキが、あの言葉をに言う暇のないように、ミホークには七武海として、マリージョアにいてもらいたかった。

「政府の助けをするとは言い切れんぞ?」
「それでもいいよ。ぼくと一緒には来ないで。お願いだから」

実際、ミホークがこれからインペルダウンに自分と行ってくれたらどれほど心強いだろう。自分ではっきり自覚をしている、、相当、よわっちい。少し前に、まだ赤旗が中佐であった頃に、クザンのところの鬼教官に稽古を付けてもらったこともあるけれど、結局筋肉痛になっただけで、やはり自分は弱いままだった。殴られれば痛いし、切られれば血も出る。治るには治るが、それでどうだというのか。

インペルダウンで自分が何をするのか、はっきりと定まってはいない。ただ、これ以上、酷いことが起こらなければいいと思う。どうせ何もできないと、判って、知ってはいるのだ。

エニエス壊滅に関わった程度じゃ済まされない、が、悪意の魔女が、もしインペルダウンでこれから起きる何かに関わっていたと、知れればどうなるか。サカズキとて、責任を問われるようになる。

(それでも、ぼくは)

行くのだ。あの海底の牢獄に。かつて、ノアのいた、水の一族の暮らした場所に作られた酷い場所に、行くのだ。

「お前がそれを望むのなら、俺はそれを叶えよう」

託されたつるぎ。握り締めて、一度俯いた。酷い、酷い、酷いことをする。これから世界に何かが起こる。嘆きの声が深くなり、夜が、夜がやってくる。の声は遠くなり、誰も彼もが消える、あの夜がやってくる。

怖ろしくない、などと強がるつもりはなかった。そんなことは、できない。怖い、本当は、怖いのだ。ミホークだって、気付いている。それでも、ミホークはの希望を叶えてくれる。それが、には辛い。

「ありがとう、ミホーク」

だいすき、と、ぎゅっと、抱きついて目を伏せる。頭を撫でてくれるその手が、送り出してくれる声が、まるで獣の多い夜の森に、死ぬと判って幼い子供を逃がす狩人のよう。白雪姫を、愛してくれる、狩人の声、耐えられぬものを必死に耐えるような、深い音色があった。そのような、それは、諦めなのだろうか。けれど、は自分を知っていた。獣などの手に掛かって死ねるような、並みの生き物ではない己。いや、違う、正確には、殺されるにはまだ、嘆きが足りない。だから、大丈夫。

目を伏せれば、かちかちと、瞼に火花のような、閃光。怖ろしい予感。剣を握る手が、妙に馴染むのは何故だろう。











(目が、目が、目が熱い。忘れている、何か、ぼんやりと霞かかったものが、深い森の奥から奥からこだまして響いてくる。あの、海辺に立って星を見上げていた、あれは、誰だったのだろう)




Fin