白々しい嘘など突ける生き物だと自らを過信したことこそなかったが、しかし、普段の物言いすら人には「分かりづらくてごまかされているように聞こえる」と眉根を寄せられる始終、ならば己の平素のままの会話であっても、真意を人に知られることなく過ごせるのではないかと、そういった予感めいた、革新的な悪意は確かにあった。

ミホークはゆるりとソファにくつろぎながら、片手で優雅にワイングラスなんぞ傾けつつ、目の前でふてくされている色彩のド派手な男を眺めた。はっきりいって邪魔である。己にあてがわれた部屋ででかいずうたい縮めていじけるのであればミホークも文句など言わぬが、それを自分の部屋でやられると中々癇に障る。それが分かっていてやっているのならこの男をドMからSに昇格させてやってもいいが、ドンキホーテ・ドフラミンゴ、器質的にはドSだろうに、このしばらくはすっかり、怯え覚える子供のよう。それをおかしいと柔らかく微笑んでやれる心などミホークにはない。そんなオプションついていたら他人の船なんど切り刻まない。

テーブルに投げだした足を組み替えて、溜息を吐く。が、あの小さき者がこのマリージョアを飛び出してからもうどれほど経つか。日にしてみれば一日も立っていない。時間にしても数時間、昨今の情勢は何も変わらず、己も、そしてこの鬱陶しい阿呆鳥もなんだかわけがわからん事態に巻き込まれてこれから軽く戦争に参加させられるらしい。いや、正直なところと言えばミホーク、帰って昼寝をしたかった。赤髪が何かしてくるのならそれはそれで面白いのだが、あの男はこういった騒ぎを嫌う。どちらかといえば止める方に奔走して本番には間に合わぬタイプだ。昔からそうだった。花見の場所取りはするのにいざ本番になるとあれこれ酒類の買い出しに付き合ってカラオケを楽しめないタイプだった。それでやけくそになって大酒を飲んで正体なくして気づけば全裸になっていて花見が終わっているようなタイプだった。まぁ、それはどうでもいい。まぁとにかく、赤髪はこの戦争には来ないだろう。片腕を失くしたやつに興味はないが、ほかに地味にテンションをあげられそうなとことが見当たらない。白ヒゲとやり合えるのは、それはそれで面白そうだが、自分が何かする前に海軍やらほかの連中が何かしてしまうだろう。やはりやるのなら一対一に限る。ほかは、正直面倒くさい。戦争ならそれぞれの責任者を丸腰で会議室に小一時間閉じ込めておけばいいのだ。そういう集団なら一日でケリがつくうえに面倒事にもならんだろう。と、ミホーク、センゴクあたりが聞けば激怒しそうなことを平然と考えて時計を見た。

「あれから三時間か。まだ便りはないな」

一言漏らせば、ドフラミンゴの背が面白いようにピクリ、と震えた。カサカサとコートの羽根が揺れるおとがゴ○ブリっぽいから死ねばいいのにと漏らしたの言葉を思い出す。

「テメェは能力者じゃねぇからわからねぇだろうな」

震える瞼そのままに、ゆっくりとドフラミンゴが振り返った。相変わらずのサングラス、そのまま失明でもしてしまえば少しはおとなしくなるのかと思うのに、実際にそうなったときは、ミホークは完全にドフラミンゴに敗北するのだとわかっていた。ドフラミンゴのその弱視、は、ミホークにはとうてい理解できぬ無謀故の結末であった。

「夜の女王でも目覚めたか」
「テメェはなんでそんなに悠長に構えてられる、鷹の目。テメェはが死んじまってもいいのか」

先ほどドフラミンゴが本気で狼狽したのをミホークは覚えている。少し前のことだった。ぐっと自分の心臓を押え、唖然とどこか、遠くを眺めるような顔をしていた。あの時にどんなことが起きたのか、ミホークにはしっかりと理解できる要素はないのだけれどしかし、考えられる可能性としては、長きにわたった呪いが一つ解かれたと、そういうことだろう。ドフラミンゴたち悪魔の能力者は、これまであの夜の女王を目覚めさせる、そのためだけにに恋い焦がれてきた。では、その思慕の情が消えうせた、ということは、それはすなわちあの魔術師の目覚めということに他ならない。ミホークはその様をじぃっと眺めているだけだった。己に悪魔の声など聞こえない。だからこそ、のものである。

ドフラミンゴが立ちあがって、ふらり、とミホークを見下ろす。この、悠然と他人を利用し翻弄するだけが快楽とするような男が、ここまであからさまにテンパっているのはなかなかに良い見ものではある。が、しかし、ドフラミンゴに見降ろされる覚えはないミホーク、フン、と鼻を鳴らして答えた。

「あの者はとうに死んでいる。遥か昔に死んだ者が、再度死ねるわけもあるまい」
「テメェや赤犬が、おれたちの知らねぇことを知っているってのは、気にいらねぇが今はいい。国語のお勉強じゃねぇんだぞ、鷹の目。テメェだってわかってんだろ。あの女が目覚めるときは、が消えるときだろうがッ」

世の(限られてはいるが)常識として、はパンドラ・リシュファと同一人物であるとされている。水の一族に体を封じられ、ある時の王がそれを憐れんで、自由に海をさまよえる今の体を与えたのだと、そう、知れられている。だからこそに、あの者は、は何よりも貴かった。誰よりも罪深かった。しかし、ミホークは知っている。あの男が、赤犬がどこまで知っているのかは知らないが、そして己がどこまで正確に承知しているのかも知らないが、しかし、知っていることがあった。

「ならば、パンドラの目覚める前に、が死ねばいい」
「なん、だと……?」

ミホークはゆっくりと立ち上がって、はるか遠く、がいるだろうインペルダウンの方向に顔を向けた。

そうだ。夜が、夜がやってくる。誰も彼もの声が小さく遠くなり、何もかもが消えていく、そんな夜がやってくる。暗くなった空は星の輝きが見えず、誰もが見えなくなる。もしもその消えた光に気づき、夜から掴み救うことができる者がいるとすれば、それは随分と昔に海軍本部で出会った、金髪の海兵くらいだろうが、しかし、あの者はもう海軍を辞し、海賊に身を落としたと聞く。それでその可能性がゼロになるような生半可な生き物ではなかったが、しかし、「その時」にその場にいられる権利、海兵という地位を捨てたのであれば、もはやあの者のもたらす救済はないだろう。

だからミホークは、に剣を渡した。先ほどドフラミンゴにはそのことを責められたが、そんなことはミホークにはどうだっていい。誰にどう馬頭されようが、そんなことは構わなかった。

「あの者は傷を負えば死ねる。それは、我々の死と同一ではない。しばしの眠りにすぎぬこと、使う体が修復不可能なほどに傷付けば、魂は、意識はパンドラの身に戻り、ただ百年の眠りにつくだけだ」

百年眠れば、世は変わるだろう。誰もを知るものはいなくなる。それは悲しみだろうが、しかし、今現在こうして、ただ目の前での親しむもの達が次々と死んでいく事実をありありと突き付けられるよりは「もういない」と、ただその結末のみを簡潔に知らされた方が、マシである。そしてそのマヒした心はまた、百年後の世界で幸福を見つければいい。そう、ミホークは考えた。愛しているから、心の底から、あの小さき者を、己は愛している。だから、たとえ泣くとわかっていても、たとえもう、二度と会えぬのだとしても、それでも、パンドラ・リシュファの覚醒により、そのものの人格が消えてしまうよりは、そんなことよりは、マシであった。結局はのためというよりは、を失えぬ己のエゴであるということも十分に分かっていて、それで、ミホークはに剣を渡したのである。

「まだ間に合うだろう。ただ悪魔の声が静かになっただけならば、それはただの予兆にすぎぬ。があの剣をふるい、そして死ぬ時に、おれはやっと安心できる」

白々しく、堂々と嘘を吐いた。何もかも、もう間に合わぬから、それでもあきらめられぬに、せめて好きにさせてやろうと、ミホークは白々と嘘を、まるで本当のように扱いながらふるまった。

「あいつは消えずに済むのか」

小さな、ドフラミンゴの声。おおよそ、この傲慢、尊大な男には似合わぬほどのもの。だがのこととなるとこの男がそうなるのは当然のようにミホークには思えた。

「剣は、あの少女のものだ」
「誰だ?」
の体の、本来の持ち主だ」
「ちょっと待て……鷹の目、てめぇなんでそんなことを知ってる?」

ぎこり、と、軋む音。ミホークは一度目を伏せて、思い返す。今思えば、己は剣士であるからこそ、今のほどのことを承知できている。

世界一の剣豪。剣を極めた己であるから知れたこと。

ミホーク自身にあの王国への因縁などはない。それがあればもっと、にしてやれたこともあっただろうが、ミホークはどこまでも、ただの人間である。だが、人間だからこそ、知れたことではあった。

「ノア。代々、その身を鞘とし帝の剣を封じてきた少女、魔帝の剣、孤高の創世、様々な呼び方が本来であればされた存在だ」
「おれは知らねぇ」
「当然だ。パンドラ・リシュファのために死んだ。そしてその存在を抹消された」

の現在の体の、本来の持ち主であった少女のこと。ミホークは、その存在に気づいた。歴史からま称された生き物だった。しかし、剣を扱い、それを道とする者たちの中では、確かに彼女はいたのだと確信に至る何かがある。たとえばひとつの技を会得し使った時に、その軌跡に気づく。

すべての剣技の始祖たる存在があるのだと、そう、気づかされるのだ。その「誰か」をミホークは知りたかった。でなければ己の剣は彼女の剣、になってしまうと感じた。それは、剣豪としての矜持が許さぬことだった。等に消えうせた遥か過去の生き物だとしても、そんなことはミホークに構うことではなかった。

それで、その「誰か」を追った。

どれほど探しても、「誰か」が生きた証はどこにもなかった。そんなものはいない、というのが道理のようなものとして扱われていた。だがミホークは「誰か」が存在していた、とそう感じたのだ。どんな剣にも、「誰か」の欠片が潜んでいる。きらきらと、たとえ歴史の闇に葬られたとしても、そんなものを、政府、人の悪意の影響を受けぬ、気高き剣士たちのつるぎに代々ひっそりと、その存在が肯定されてきたのだ。

そしてミホークは、その名を知った。その剣を手に入れた。

「あの剣に傷つけられるということは、ノアに拒絶されるということ。はリシュファの体に戻り、そしていつか再び目覚める」

それでいいと、そう言って目を伏せる。深いため息。もう二度と会えぬだろうが、しかし、それは構わない。あとはただ、己はの頼みを聞くだけ。七武海の一角として戦争に立ち会う。その先の行動は定められてはいないがしかし、赤犬を、おそらくは死なせるようなことはせぬのだろうと思っているその己の心がおかしかった。
正直な話をすれば、あの男など死んでも構わないと思う。だが、そうはできない。たとえ眠りについていたとしても、赤犬が誰かに無残に殺されてしまえばが悲しいだろうと、そう、思ってしまう己が、どこまでも、おかしい。いっそ哀れとすら思う。そこまで思うのに、もう、届かぬ。

「剣を持てば殺される道理を得る。そして不慣れな剣を持つものは、必ずその剣によって傷つけられる」
「……」

黙ったままのドフラミンゴ、しかし、ゆっくり、と、顔をあげて、そしてテーブルの上にどっかり座りこんだ。行儀が悪い男だと、堂々とテーブルに足をかけているミホークは白々しく思う。

「フ、フッフフフフフ、フッフフ」

いつもの笑い声。そういえば今日はまだ聞いていなかったと思いだす。別に聞きたい声ではないが、の笑い方と少し似ていた。以前それが癇に障ったらしいが自分の笑い方を矯正しようとして失敗し、ドフラミンゴを背後から蹴り飛ばしていたのを思い出す。(次の瞬間ドフラミンゴに抱き込まれて叫んだのですかさず助けに入ったが)

「ならいい。それなら、別になんの問題もねぇ。あいつが死なねぇってんなら、いい……」
「まだ何か、おれの知らない事実がなければ成功するはずなんだがな」
「ちょっとまて、なんでここでそういうこと言うんだテメェ」

ぼそり、と呟けばすかさず突っ込みをいれられた。ミホークは知らん顔でそっぽを向く。まぁ、いろいろ自分が考えて打った一手である。成功するだろう、とは思っているのだけれどしかし、自分の知っていることがの、リシュファの全てであるはずがない。赤犬と相談でもすればよかったのだが、あの男がいまに何か手を打つとすれば、グランゴラインから脱出させてどこか遠い海で平和に生きさせるくらいなものである。そうすれば確かに一時の身は守られるだろうが、おとなしくしているでもない。どうせ用意された家を抜け出して白ヒゲ戦に強制参加するのが落ちである。はサカズキと会うのを恐れていた。会えば確実に、「ここから離れろ」と告げられるとわかっているからである。本当はミホークだってそう言いたかった。というか七武海の称号などいらないから二人で逃避行でもしてやろうかと一度本気で考えたのだが、後々バスターコールでもかけられるだろう。それは別にどうでもいいのだが、が悲しむ。だから、だめだった。を悲しませるのは、よくない。だから、その上でとれた一手だったのだ。

「一番良いのは何事もないことだ。トカゲも同行したというのなら、最悪の事態にはならぬかもしれぬ」
「ト、トカゲ……ねぇ…」
「なんだ、貴様会ったのか?」

頼むから聞くなと、ドフラミンゴが背を向けた。トカゲ、トカゲ中佐。によく似た配色、顔立ちの女にしてはやけに背の高い海兵。剣と銃を同時に使うが、どちらも一流であって、超一流、ではない。以前の頼みでミホークが剣の手ほどきをしたことがあったが、才は欠片もなかった。と同じ魔女であるというのならそちらを主体とすればよいと思ったが、もう魔力が使えぬそうだ。だから、だろう。もそうだが、魔力を扱う者は極端に体力、身体能力が低くなる。それが対価なのだと以前聞いたことがあった。そして一度魔力を得、それを扱ってきたものはそれがなくなったところで、元の体力、身体能力になることはない。

その上で、トカゲという生き物は、今のほどまで成ったのである。で、そのトカゲとドフラミンゴの関係、そういえばあまり良好ではなかったと思いだす。

「貴様、とことん嫌われていたな」

確か当初はトカゲも面白そうに相手をしていたのだが、ドフラミンゴが赤旗のことを何か言った途端、しれはもう見事に蹴り飛ばされていたのだったか。あの時こう、ボキボキと指を鳴らしながら本気で殺意を放っていたトカゲは、ミホークも感心したものだ。

別にミホークもトカゲに嫌われるくらいはどうということもないのだろうが、トカゲがを溺愛している様子、そしてもトカゲにそれとなくは懐いているようであるので、ただでさえに嫌われている中、やりにくくなるということだろう。まぁ、ミホークには心の底からどうでもいいのだが。

「とりあえず説明はした、ドフラミンゴ、いつまでここにいるつもりだ」
「フッフフフフ、いいじゃねぇかよ、別に。が戻るまでいたっていいだろーが」
「自分の部屋で待て」
「おれんとこに来ると思ってんのか」

自分で言っていて悲しくならないのか、という突っ込みはさすがにしなかった。ミホーク溜息を吐いて、はるか先、インペルダウンを想う。

(無事に、戻って来い。それだけを願う)



Fin


 



・なんだこの、ぐだぐだなもの…気に入らない出来栄えですが、話進まないので強制。