Barbaricca





銃弾一発響かせて、さぁ大騒動の始まりだ、とトカゲは帽子のツバを弾きルフィの背を負った。極寒地獄のレベル5に放り投げられるというのに、なんでその薄着はそのままなのだと一瞬笑い、しかし己の格好もそれほど大差ないと気づく。

あれこれとトカゲの動向にイナズマは思うことがあったらしいが、しかしイワンコフの「戦力は多ほうがいい」の一言に、黙った。納得はしないだろうが、従うらしい。別にトカゲはその辺はどうでもよかったのだが、こうして堂々とついて行けるのは楽でいい。

それで、走っていくルフィの背を追い、前方を行くイワンコフやイナズマたちがいい具合に氷狼たちを一蹴するので関心してしまった。

(いや、楽して行ける…おれってラッキー)

ぐっと親指を立てて誰に言うわけでもなく妙なポーズ。突っ込みがいないのが悲しい状況。

ばったばったと面白いように邪魔ものたちを倒して進むルフィたちのすがすがしさ。看守たちに何の罪があろうかとさめざめ思う心はあるのだが、まぁ、関係ないことでもある。

「さぁ急ごう!一分や二分の差で結果は変わるぞ!!で状況は大きく変わるぞ!」

寄ってきた狼を再び蹴り倒し壁に叩きつけ、それでも手のワインを一滴もこぼさぬイナズマ、レベル6の通路の前にたどりついた。

「この先は監視アリです」
「イナズマ!鍵を!!」

レベル5はその特性ゆえに電伝虫の映像処置もなかった。そのためにあれこれと大暴れしても問題なくこのレベル6の扉までたどり着けたのだけれど。しかし、ここから先のフロアは違う。一度ごくり、と喉を鳴らし、だが早急にイナズマは錠を開けた。

完全に開ききらぬ前にルフィが駆けだす。

その後を追いながら、トカゲは通路にあるモニター室へばっちり映像を運ぶ電伝虫を眺めた。これでこの自分の行動もここからはっきり筒抜けになる。ルフィもせっかく「死んだ」とされていたのにあからさま。このままエースを救おうとすれば、マゼランと再度対戦することになる。毒、への耐性はある程度ルフィの中でできているだろうが、しかし、どうなるかはわからない。こちらにはイワンコフやイナズマがいるとはいえ、地獄の番人たちに挑んで勝てるかどうか。

「どけどけ!!邪魔だァ!!!」

ばたばた階段を駆け降りる。当然仕掛けられたワナなど無効。邪魔をする看守たちは容赦なくなぎ倒してひたすら進み、長い階段、やっと、レベル6の入口が見えた。

「エース!!!!どこだ!!!!!!エース!!!!!!」

螺旋階段を降り、入口を越え、レベル6のフロアに突進したルフィ、止まらぬままに、感情のままに叫ぶ。大声、怒鳴り声。だが広いインペルダウン、最悪の犯罪者を閉じ込めるレベル6の広いこと。あてもなく探していてはしようもないと、イワンコフが手頃な看守をズタボコにして、エースの居場所を探った。

そしてその場所、に、辿り着いた。

「エース!!!!!!!」

ひときわ大きな牢獄、太く汚れた鎖の巡る牢の中、おびただしい血液のあとはあるのに、だが、そこに、エースの姿はない。

「……いねぇ……!!!いねぇぞ!!!」
「この檻で間違いないんでしょうね!!!?」

巨大な檻の中には一人の魚人がいるだけ。数時間前にトカゲが「海兵」として訪れた時と同じ檻。だがエースの姿がない。相変わらず魚人のジンベエはいるのだから、ここに間違いはないだろう。

「……遅かったか」

ふん、とトカゲは眉を寄せる。

マゼランの仕事の早いこと。無事にこうしてレベル6まで来たのに、マゼランも無事にエースの護送。さぁどうなるのかと、次の行動を待つ暇もない。降りの中にいたジンベエがガッシャン、と己の身を縛する鎖を鳴らして、ルフィに体を向ける。

「お前さん!!!おまえさんが、麦わらのルフィだな!!!?」

太い鎖が容赦なくジンベエの体に食い込む。インペルダウンの鎖がただの鉄の塊なわけもない。あれは目に見えぬほど細かい粒が表面にまぶされて、動くごとに肌を摩擦で削る。魚人の肌とて無事にはすまぬ、動くたびにあちこちから血が噴き出た。だが己の傷もなにも顧みずに、ジンベエが怒鳴る。

「今しがただ!!!!すぐ追え!!エースさんはリフトで連行された!!!」
「!?…おっさん…」
「急げばまだ間に合う!!!行け!!!!」

突然なぜ教えてくれるのか、とそして誰かと純粋にルフィが口に出すと、そんな言葉を吐くのも時間が惜しいとジンベエの再度の大声。ルフィは慌てて礼をいい、さっと踵を返す。

「そうか!!ありがとう…!!誰だか知んねぇけど…ありがとう!!!」

ダッ、と走り出した背。トカゲも一緒に走りだした。一度ちらり、とジンベエを振り返る。ルフィがここにいることが信じられぬ、という顔の男。確かにこのインペルダウン、祈りのすべてを無駄にして、命の一つや二つや三つをひょいっと懸けたところでどうこうできる場所でない。

少し走ればトカゲも一度は使ったリフト。柵も開きっぱなしだが、しかし、作動回路はしっかりとロックされているようだ。イワンコフが試しにひねってみたが、びくりとも動かない。

「使えねぇのか!?でもここをよじ登っていけばなんとか上に、」

リフトを動かす鎖を見上げて即座に飛びつこうとするルフィ、その首をトカゲが引っ張った。

「何す、」
「串刺しはブラトだけでいいだろう」

言い終わると同時に刺の荒々しい侵入者用の巨大鉄球が上から落下。ガッシャン、と大騒音を立てて、リフトを塞いだ。

「まぁ当然よね、都合よく登らせてくれるワケないわ……!!」
「もうリフトは使えないだろ。電伝虫で情報が流れている」

ひょいっと、胸の谷間から先ほど奪った小型電伝虫を取り出す。麦わらのルフィやら行方不明のイワンコフやらイナズマやらの大暴れ、てんやわんやと騒々しい。その中にしっかり「トカゲ中佐の造反だ!」とあったのは、まぁここは聴かなかったことにしようとそのつもり。

トカゲはひょいっとルフィを放し、降りてきた来た階段を振り返った。
ぐるぐる廻る螺旋階段、気づけば見事な封鎖状態だ。息を吐いて、指をさす。

「完全封鎖か。レインボーブリッチとか封鎖できないところはないのか?」

ぼそりと呟くが、己の軽口、誰も突っ込みは入れられないネタである。

「ふたつしかない出入口を塞いで閉じ込める気だね!!コレを壊さなきゃ出口はないよ!!」

あまりの急展開に焦りながらも対処は間違えぬイワンコフ、螺旋階段の檻を破壊しようと腕を出すが、その前に階段の小さな吹き出し口から煙が噴き出してきた。

一番近くにいたトカゲの腕を引き、イナズマが鼻を動かす。

「大量のガス……!?まさか毒では?!」

一番手っ取り早い始末方法である。即座に浮かぶのも無理はない。レベル6のフロアに充満する怪しいガスに、フロア住人たちがどよめきだった。

「おいテメェら!どこの誰だか知らねぇが俺たちに被害を及ぼすんじゃねぇよ!!」

ただの騒動なら面白い見ものだと構えていた住人たちの慌てっぷり、普段であればその様子を見下し眺める心がトカゲにはあるのだが(外道)咄嗟だったとはいえ、イナズマに庇われたことに、妙な動揺をしてしまう。

それで半分八つ当たりのように檻に向かって銃弾一発。

「黙れ、いい具合に孔をあけられたいのか」

まぁ、完全に八つ当たりである。それはまぁ、どうでもいいとして、ルフィ、毒だろうがなんだろうが、怯む心は持ち合わせていないらしい。

「知るか!うぉおおぉおおお!!!エース!!!!!!」

檻を破壊して進もうと飛び出し、数メートル先でばったりと倒れた。やはり毒か!?と一瞬緊張が周囲に走るが、だがしかし、すぐに聞こえる、子供の寝息。

「催眠ガスのようですね」
「さすがルフィ」
「無謀にもほどがあるわよ!!麦わらボーイ!!」

冷静な判断をする声に、からかいを含んだ声、イワンコフの怒声に、一瞬場の緊張が和らいだが、毒でもなんでも、あまり状況は変わらない。

このフロアの囚人ごとこちらを眠らせて全てを終わらせる。こちらは目覚めれば拷問部屋へようこそ〜☆とそういうことか。

ここ以外に出口はない、さて、どうするか。トカゲは撃ちつくした薬莢を捨て、新たな弾込め。あの毒の枢機卿殿、毒ガスではなく催眠ガスというのは、なんだかかわいらしいじゃないかとからかいたい心が一瞬沸いた。

 

 

インペルダウン一階、大型リフト前。先ほどまで無言だった、白ヒゲ海賊団二番隊隊長の名に恥じぬ様子の、火拳のエースが突然暴れた。突然、というのは違う。モニター室より署長のもとへ、現在レベル5〜6の間で起こっている騒動の報告がされた。マゼランの傍らにいたエースにも当然その話は耳にはいり、そして、エースはリフトの最下層にいるであろう弟のもとへ、たどりつけぬとわかっていても、走りだし、そしてマゼランに捕らえられたと、そういうことだ。

グシャリッ、と容赦なく鎖を引かれ、頭を押さえつけられたエース。歯を食いしばり土を唇につけながら、それでも叫ぶ。

「ルフィ……!!!!!なんで来たんだ……!!!!」

血を吐くような、悲痛な叫び。先ほどまで己がいた場所で、閉じ込められていた場所に、今は弟がいるという。ハンコックの言葉、できれば嘘であってほしいと願っていた。だが同時に、嘘ではなくて、そうなのだろうとも分かっていた。そういう弟なのだ。昔から、そうだった。心配ばかりかけるのに、それなのに、人のことを気遣うのだ。こちらの気も知らねぇで!と大げんかしたこともある。だが、それでもそれが、ルフィだった。

それがエースの弟だった。

「報告は聞いた通りだ。無駄な抵抗は止めてもらおう」

その巨体の体重をエースを押さえつける重石にうまく使いながら、マゼランの静かな声。どうあの毒から生き延びたのか、それは少し気になる。が、一緒にトカゲ中佐の造反の報告も受けた。あの女が一緒にいるのなら、何があったとしてもおかしくはない。

「貴様の弟も元々海賊、助かる道理はない」

きっぱりと告げて、マゼラン、リフトに視線を向ける。
自分がいなくとも、この地獄にはハンニャバルやサルデス、サディなどまだまだ番人がいる。

エースのたとえ革命軍が動き出したとて、このインペルダウンを乱させはしない。

一度、目を伏せてからマゼランはエースの鎖を掴んだ。

「何もかも、お前たちの思い通りにはならない……!!ここはお前たち罪人の地獄と知れ!」




 

Fin